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2026

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    「日本のトイレ」はなぜアメリカで受け入れられなかったのか コロナ禍が壊した“見えない壁”

    「日本のトイレ」はなぜアメリカで受け入れられなかったのか コロナ禍が壊した“見えない壁”

    「日本のトイレはすごい!」

    訪日外国人が帰国後も語りたくなる日本の生活文化のひとつが、温水洗浄便座、いわゆるウォシュレットです。清潔さと快適さを兼ね備えたこの設備は、日本ではすでに“当たり前”の存在となり、家庭への普及率は8割前後に達しているとされています。

    一方で、同じ先進国であるアメリカでは、長らくほとんど普及してきませんでした。日本でこれほど受け入れられたものが、アメリカでは“奇妙な日本文化”とされて来たのです。

    ところが近年、その状況が大きく変わりつつあります。新型コロナウイルスの流行をきっかけに、アメリカでの温水洗浄便座の販売は急拡大し、「一度使ったら手放せない」という声も増え始め、いまや新しいライフスタイルとして注目を集めているのです。

    本記事では、アメリカでウォシュレットが普及してこなかった背景にあった「見えない壁」と、近年になって一気に広がり始めた理由をひも解きながら、日本発のトイレ文化が世界でどこまで受け入れられていくのかを考察します。

    アメリカで普及が進まなかった“4つの高い壁”

    1. 文化の違いが最大の障壁

    まず、最大の要因は「文化的な壁」でした。日本の「おしりを水で洗う」発想は、1980年代のテレビ広告によって一気に市民権を得ました。しかしアメリカでは、排泄後はトイレットペーパーで拭くのが当たり前。この習慣が根強く、水で洗うこと自体に抵抗感を覚える人がほとんどでした。

    こうした文化的な違いは、商品認知を進める上で大きな障壁となりました。2000年代初頭、TOTOがニューヨークのタイムズスクエアで大規模な広告展開を試みた際も、「公序良俗に反する」として止められたことが象徴的です。日本でヒットした「おしりだって、洗ってほしい。」というキャッチコピーも、アメリカでは刺激が強すぎたのです。

    2.住宅・設備面の課題

    住宅や設備面の違いも普及の壁でした。日本ではトイレと浴室が分かれているのが一般的で、トイレには必ず電源コンセントが設置されています。しかし、アメリカではバスルーム(浴室とトイレが一体)が多く、電気配線に厳しい規制がある州もあります。特にカリフォルニア州などでは、水回りにコンセントを設けること自体が難しく、設置のハードルが高かったのです。

    また、便器や水道の規格も日本と異なり、現地の規格に適合した製品開発が不可欠でした。電圧やコンセントプラグの違い、水道の逆流防止装置の規制など、各国の法律や技術基準をクリアすることにも時間とコストを要しました。

    3.水質・衛生面の懸念

    アメリカの一部地域では水質の硬度が高く、ウォシュレットのノズルが詰まりやすいという課題もありました。水道水の不純物や石灰分による故障リスクもあり、「日本のような繊細な水の噴射が実現できないのでは?」という不安が拭えませんでした。

    4.治安・公共空間での問題

    治安上の問題も無視できません。高価な温水洗浄便座を公共トイレに設置した場合、盗難や破損のリスクが高いという声が多く、公共施設への導入はなかなか進みませんでした。アメリカの住宅はトイレが複数設置されているため、一般家庭での導入も「コストがかさむ」と敬遠されがちでした。

    なぜ今、アメリカでウォシュレットが急速に広がっているのか?

    アメリカにおけるウォシュレットの販売が急拡大した転機は、新型コロナウイルスのパンデミックでした。パンデミック初期、アメリカではトイレットペーパーの買い占め騒動が社会問題化。「紙がなくても清潔にできる」というウォシュレットの機能が、一気に注目を集めたのです。

    このタイミングでTOTOは、既にAmazonやコストコといった大手流通を通じて全国規模の販路を確保していました。消費者が「知って、すぐに買える」環境が整っていたことで、販売が爆発的に伸びることとなりました。2020年には前年比1.8倍、翌年以降も2桁成長が続き、2024年には日本の販売台数の4分の1にまで到達しています。※1

    もう一つの追い風はSNSの拡散力です。有名ラッパーであるドレイク氏が、友人へのギフトとしてウォシュレットを贈り、その様子がSNSで話題に。米国メディアでも大きく取り上げられ、「ステータスアイテム」としての側面も広がりました。

    さらに、DIYが盛んなアメリカでは、設置方法を解説する動画がYouTubeに多数投稿されるようになりました。これにより、「自分でも取り付けられる」「思ったより簡単で便利」というイメージが定着し、普及の後押しとなっています。

    「人を家に招いて披露したい」「ホームパーティーで『うちのトイレすごいんだよ!』と自慢できる」という、ステータスやエンターテインメント性もアメリカならではの広がり方と言えるでしょう。

    また、日本では一軒家にトイレは1~2カ所が一般的ですが、アメリカでは3~4カ所設置されている家庭も多いため、一家庭あたりの潜在的な需要が大きいのも特徴です。近年のブームを受けて製品価格が下がり、工事不要の簡易モデルも増えたことで、「高価で導入しづらい」という従来の費用面の懸念は薄れつつあります。ウォシュレットの設置台数も、今後さらに伸びる余地が残されています。

    競争激化と今後の課題

    米国市場の成長を受け、現地メーカーが低価格品を投入するなど競争も激化しています。TOTOの主力モデルは1000ドルを超える高価格帯製品が中心であり、インフレによる消費者の低価格志向が逆風となる可能性もあります。

    また、現時点での米国市場の普及率は3%。一般に新しい商品が普及率16%を超えた段階で一気に市場が拡大すると言われており、今まさにその入口に立っている状況です。今後は現地生産の検討や、体験型ショールームの拡充など、さらなる投資が続く見通しです。

    「トイレの常識」を変えた日本発イノベーションは、アメリカでどこまで広がるか

    かつては文化や設備の壁に阻まれていたウォシュレットですが、コロナ禍という予期せぬ社会変化、SNSによる口コミ拡散、そして地道な現地適応の積み重ねによって、今まさにアメリカで新たなライフスタイルとして浸透しつつあります。

    「一度使ったら、もう元には戻れない」。そんな声がアメリカでも増え始めた今、日本発の快適なトイレ文化が、世界のスタンダードになる日も遠くはないかもしれません。

    参考文献

    ※1:https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20250902-OYTNT50161/

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