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「まんじゅうや」票は無効か?神栖市長選の司法判断に見る自書式投票の限界とマークシート導入論
ビジョナリー編集部 2026/09/08
2025年11月、茨城県神栖市で行われた市長選挙は、16,724票の同数得票から「くじ引き」で当選が決まるという極めて異例の結末を迎えました。しかし、投票用紙に記された「まんじゅうや」「だんごさん」という記載や、脱字である「田」の文字を巡り、当選の有効性を争う法廷闘争へ発展し、2026年9月3日、東京高等裁判所は「現市長の当選無効(請求棄却)」という判決を言い渡しました。
これは、現行の「自書式(手書き)投票」が抱える制度的限界と、マークシートなどの選択式投票を巡る議論に大きな一石を投じています。本稿では、訴訟の全貌と争点、そして日本の選挙制度が直面する課題をわかりやすく解説します。
同票くじ引きから高裁判決までの経緯
まずは、事態がどのように推移してきたのかを時系列で整理します。
- 2025年11月9日(投開票): 現職の石田進氏と新人の木内敏之氏が、ともに16,724票で同数得票となりました。公職選挙法に基づきくじ引きが行われ、木内氏が当選確実となりました。
- 2025年11月中旬(市選管への異議申出): 石田氏側が開票結果を不服として異議を申し出ました。神栖市選管が全票を再点検しましたが、申出は棄却されました。
- 2026年4月〜5月(県選管裁決と提訴): 茨城県選挙管理委員会が再点検を行った結果、判断が覆ります。木内氏の得票から「まんじゅうや」などの2票が無効と判定され、16,723票対16,722票で石田氏が1票上回るという裁決を下しました。これに対し、木内氏側は東京高等裁判所へ裁決取り消しを求めて提訴しました。
- 2026年9月3日(東京高裁判決): 東京高裁は「まんじゅうや」「だんごさん」の2票を「無効」と認定し、木内氏側の請求を棄却(県選管の裁決を支持)しました。
何が争われたのか?双方の主張と裁判所の判断
裁判での争点は、公職選挙法における「投票者の意図が明白であれば有効とする」原則の適用範囲です。木内氏側と県選管(および参加人の石田氏側)は、主に以下の2点で対立しました。
通称(屋号)記載票の有効性
- 木内氏側の主張: 実家が菓子製造会社であり、地域住民から「まんじゅうや」「だんごさん」の愛称で親しまれているため、投票者の意図は明確に木内氏にある。
- 高裁の判断:無効 市内に和菓子店が複数存在することなどを挙げ、「これらの呼称が客観的に木内氏のみを指すと特定することは困難」と断定しました。正式な通称届出がない場合、一般的な愛称だけでは候補者の特定に至らないという姿勢を示しました。
脱字票や不鮮明な記載の解釈
- 「田」とだけ書かれた票: 木内氏側は「氏名から2文字も欠落しており不特定」と主張しましたが、高裁は「木内氏の氏名に『田』の文字はなく、石田氏の脱字とみるのが合理的」として石田氏の有効票と認めました。
- 「×」印や直線の記載票: 木内氏側は「余計な書き込み(他事記載)であり無効」と主張しました。しかし高裁は、「×」印が不鮮明であることや、直線が計数機通過時の機械的擦れである可能性を否定できないとし、石田氏の有効票として扱いました。
「マークシート」や「記号式」に移行できないのか?
表記の解釈で町や市のトップが変わる現状に対し、「なぜマークシートや選択式にしないのか」という疑問を持つ人は少なくありません。開票の高速化と疑問票の排除という非常に大きなメリットが得られるはずです。
しかし、日本で手書きの「自書式」が維持されている背景には、現場の運用上・制度上の懸念が存在します。
まず、告示日から投開票日までのスケジュールの厳しさがあります。日本の選挙期間は短く、告示日に立候補者が一斉に確定します。数十人の候補者が乱立する地方議会選などで、数日のうちに全員の名前を印刷したマークシートを正確に作成・配送することはリスクが伴います。
また、書き間違いとは別の「マークミス」による無効票の発生が考えられます。マークの位置のずれ、塗り潰し不足、重複マークなどが、新たなリスクとして指摘されています。
さらに、売買票(買収)の防止という観点があります。事前に指示された特定の塗り方をさせることで「誰に投じたか」を外部から確認する不正の手口に使われる恐れがあります。手書きの場合、文字の書き方に個人差が大きいことや、意図的な目印を入れると票が無効になるため、不正のリスクが減るという面があります。
終わりに:1票の重みと今後の展望
私たちが普段投じる1票がいかに繊細なプロセスで集計・判断されているかが、今回の裁判で浮き彫りになりました。投票用紙に書かれた文字の解釈ひとつで、行政のリーダーが代わる可能性は、民主主義の難しさを同時に物語っています。
投票する人の意思を尊重し、可能な限り意図を汲み取ろうとする「有効裁量」の理念と、客観的な明確さの確保という課題。この両立をどう図るべきか、自書式投票の運用見直しやデジタル技術の活用を含め、選挙制度の未来に向けた議論は今後さらに深まるでしょう。


