
サイパン島に見た地獄と希望
10/10(金)
2025年
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ビジョナリー編集部 2025/09/16
1944年、ミッドウェー海戦やマリアナ沖海戦で多くの熟練パイロットと航空機を失った日本は、アメリカの圧倒的な生産力に対抗するため、最後の手段として「特別攻撃」、通称「特攻」を考案しました。フィリピンに赴任した大西瀧治郎(おおにしたきじろう)中将は、手元に残されたわずかな航空兵力で敵艦隊を食い止めるための「窮余(きゅうよ)の一策」として、『神風特別攻撃隊』を編成しました。これは、航空機や魚雷などに人を乗せたまま敵艦に体当たりさせるという、搭乗員や乗組員の生還を前提としない体当たり攻撃であり、大西自身がこの作戦を「統率の外道」と評したことが、後の伝記に記されています。自らの信念に反しながらも、追い詰められた戦況下で採用されたこの作戦は、倫理的に最も危険な道でした。
特攻隊員がこのような死を前提とした攻撃に志願した背景には、単純な愛国心だけでは語り尽くせない、複雑な心理と組織の風土が存在しました。個人の意思は「みんながやっている」「お前もやれ」という目に見えない同調圧力によって潰されてしまい、「志願」という名の事実上の強制がまかり通るようになっていたという側面も、少なからずありました。この同調圧力には、日本が古来からもつ「生きる目的のためには死しても構わない」という「滅びの美学」に基づく精神がありますが、この終着点に何が待っていたかを、戦時中の多くの証言が生々しく伝えています。
一方で、そんな環境の中でも覚悟をもって、生き抜くことを使命とした人がいます。陸軍兵士の山内武夫は、圧倒的な戦力差に部隊が壊滅する中、民間人が身を潜める洞窟で、下士官が泣き止まない赤ん坊を「殺せ」と命じ、母親たちがわが子に手をかけるという狂気の光景を目撃しました。山内はこのような惨劇を繰り返さないためにも、降伏し、捕虜となったのです。彼にとっての本当の「覚悟」とは、無謀な死に身を任せることではなく、日本が敗れた後も「新しい社会を作ってスタートするのだから、その時まで生き残ろうじゃないか」と部下たちを説得し、生きて現実に立ち向かうことにあったのです。
また、特攻隊員として出撃した上原良司は、出撃直前に「権力主義、全体主義の国家は一時的には隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れることは明白な事実」と日記に記しています。彼は理知的に敗北を理解しながらも、その身を犠牲にせざるを得ない状況にありました。この悲劇が示唆するのは、真の「覚悟」とは、滅びの美学に殉じることではなく、現実を直視し、時には非難を浴びたとしても、組織や自己を再構築する道を選ぶ勇気の大切さです。
特攻隊員たちの献身的な姿勢は、現代のビジネスシーンで求められる「コミットメント」と表裏一体です。しかし、そのエネルギーが破壊的な方向へ向けられたところに、悲劇がありました。現代のリーダーに求められるのは、この破壊的なエネルギーを、創造的な「再生」の力へと転換させることです。
歴史上の特攻が、破滅的な状況下での無謀な自己犠牲であったとすれば、現代の「特攻」は、全く異なる意味を持つべきです。それは、大胆な事業再構築という名の「特攻」に挑む勇気です。すなわち、市場の変化に迅速に対応し、顧客ニーズを正確に把握するため、これまで築いてきた事業モデルを転換し、革新する道を選ぶ。これは、単なる突撃ではなく、徹底した戦略と倫理観に裏打ちされた創造的な挑戦です。
真のリーダーは、自らのチームを「使い捨ての兵器」として扱うのではなく、一人ひとりの尊厳を尊重し、共通のビジョンと倫理観を共有することで、最高のパフォーマンスを引き出します。それは、組織の失敗から目を背けず、徹底した自己検証と改革を行い、すべての関係者の利益を追求する覚悟なのです。
悲劇的な結末を回避するために何をすべきかを知ることで、現代のリーダーは、いかなる危機的状況にあっても、組織と社会を「再生」の道へと導く羅針盤を手にすることができるでしょう。
歴史の悲劇を繰り返さないためにも、私たちは過去を直視し、現在を生き、未来に希望を持つ必要があります。そして、それぞれが持つ「覚悟」と「生き抜く力」を、より良い社会を築くために活かしていくことが求められています。
写真提供:国立公文書館
サイパン島に見た地獄と希望
沖縄戦が示した人間の尊厳と絆