トップのこだわりと権限委譲——「売り場」の全責任...
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#14業界の猛反発と「お客様への忠誠」——真空地帯を切り拓いたアスクルDNAの誕生
岩田 彰一郎 2026/10/14
プラスに入社して以降、私は「チームデミ」のような奇抜なアイデア商品だけでなく、真に役に立つベーシックな事務用品で勝負しようと試みました。しかし、文具業界の絶対的ガリバーであるコクヨの強固な流通網の前に、商品を店頭にすら並べてもらえないという現実にぶつかりました。
この壁をどう突破すべきか。1990年から、構造改革に向けたプロジェクトが本格的に始動します。これには、プラス社長の今泉嘉久(いまいずみ よしひさ)さんと役員と私たちで慶應義塾大学名誉教授の井関利明(いぜき としあき)先生にも入っていただきました。
市場を熟考する中で、私はある巨大な「真空地帯」の存在に気づきました。
文具やオフィス用品の需要の大部分は、個人の買い物ではなく、企業やオフィス(外商)での利用です。しかし当時、出入りの文具業者が定期的に御用聞きに訪れて納品業務を行ってくれるのは、日本企業のわずか数%にすぎない大企業だけでした。圧倒的多数を占める中小企業は、自分たちで現金を握り締め、近所の文具店まで買いに行き、定価で購入して持って帰るしかなかったのです。
テクノロジーが進化し、江戸時代から続く多段階の複雑な流通ロスを削ぎ落とせる時代が来ていました。中小企業に対しても、大企業以上の利便性とサービスを、最短のバリューチェーンでお届けできる仕組みが作れるはずだ——。
こうして1993年、「明日届く(=明日来る)」から名付けた「アスクル」の事業がスタートしました。
しかし、それは既存の流通秩序に対する「宣戦布告」とも捉えられました。多段階流通を役割分担し、カタログを通じて中小企業へ直接商品を格安で届けるアスクルの仕組みに対して、各地の文具店さんや、問屋さんから、猛烈な反発が巻き起こったのです。
しかしながら、アスクルでは、お客様の開拓と与信をする機能をエージェント機能として、まずは主要なプラスの取引先の文具店さん、そして業界の方、それから今まで取引のなかった業界以外の方々にお願いしてきました。
新たな機能の再編成で、新たなWin-Win-Win(ウィン・ウィン・ウィン)を創出しようと思ったのです。
「格安通販で商圏を無視するな」「既存流通を破壊する気か」と、業界紙や一般紙の紙面には連日、アスクル撤退を求める怒りの声や大バッシングが躍りました。
そうした世相を受け、社内からも懸念の声が噴出しました。「自社のプラス製品だけを売ればいいのではないか」「ライバルの商品まで扱うなんてけしからん」「業界の反発を抑えるために、価格を小売店と揃えるべきだ」といった、内部からの圧力です。
しかし、もしここで妥協し、価格を上げたり自社製品だけに縛られていたら、アスクルの成長は間違いなく途絶えていたでしょう。一切妥協せず応援してくれたプラスの社長の力強い胆力に支えられながら、私は自分たちの軸を決してぶらすことはしませんでした。
「社内や業界の圧力に屈してはならない。私たちが最終的に忠誠を誓うべき対象は、既存の流通でも社内の都合でもなく、すべて『お客様』である」
お客様が求めるものを、お客様が求める形で提供する。この当たり前すぎるほどの真理を貫く覚悟を決めた時、アスクルの揺るぎないDNAが刻まれました。20歳の時に村田ゼミで学んだ「コンシューマー・イズ・キング(消費者は王様である)」の思想が、まさにここで昇華したのです。
お客様への忠誠を貫くと、自分たちの事業領域の定義も一変します。
もし私たちが自らを「事務用品屋」と狭く定義していたら、アスクルの飛躍的な発展はありませんでした。お客様の声に耳を傾けると、事務用品だけでなく「トイレットペーパーが欲しい」「ティッシュペーパーや麦茶、コーヒーも届けてほしい」という切実なニーズが大量に寄せられたのです。
最初はサービスの一環として扱っていた日用品も、お客様の声を受けて本業として捉え直し、スーパーに負けない価格帯や配送効率を追求していきました。かさばるトイレットペーパーをコンパクトに運べる「3倍巻き」の開発や、ペットボトルのラベルレス化など、お客様の不便を解消するアイデアを次々と形にしていったのです。結果として、現在アスクルで最も売れているカテゴリーは、文具ではなく、こうした日用品や現場の作業用品、医療機関向け用品(全医療機関の約7割がお客様)となっています。
自らの限界や枠組みを勝手に規定しないこと。アメリカのオフィス用品大手であったステープルズやオフィス・デポなどが「文具・オフィス用品」のカテゴリーキラーにとどまり、やがてAmazonなどの潮流に呑み込まれていったのに対し、アスクルが進化し続けられた理由はここにあります。
お客様の数が増え、求める商品が増えれば、成長は幾何級数的に加速していく。業界の大反対という荒波の中で産声を上げたアスクルは、「お客様への忠誠」というたった一つのコンパスを頼りに、誰も見たことのない広大な市場へと漕ぎ出していったのです。


