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2026

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    2026年W杯で躍動する上田綺世の原点。鹿島学園の鈴木雅人監督はいかにして世界基準のストライカーを育成したか

    2026年W杯で躍動する上田綺世の原点。鹿島学園の鈴木雅人監督はいかにして世界基準のストライカーを育成したか

    サッカーW杯2026特集 | 受け継がれる歓喜、世界最高峰の戦い

     2026年ワールドカップ、第2戦のチュニジア戦で快勝を収め、勝ち点4を積み上げた日本代表。その中心には、2ゴール1アシストという活躍を見せ、日本代表史上初となる1試合4得点の立役者となったストライカー、上田綺世の姿があった。

     オランダ1部リーグで得点王に輝き、名実ともに“世界基準”へと到達した上田だが、そのキャリアは決して将来を約束されたエリート街道ではなかった。中学時代に味わった「ユース落選」という挫折。そこから彼をすくい上げ、環境に依存しない自立したプロフェッショナルへと育て上げたのが、母校・鹿島学園高校サッカー部の鈴木雅人監督だ。就任時、茨城県内でも全くの無名校であった鹿島学園を3年で全国の舞台へと押し上げ、2025年の全国選手権大会でチームを初の準優勝へと導いた名将である。

     自ら考え行動する「自走力」を育むマネジメント術と、ストライカー・上田綺世のブレイクスルーの原点に迫る。

    カタールでの雪辱。世界を驚かせた「空間を支配する」ストライカー

     「前回は悔しさしかなかった。いまやっと晴らせた気がする」

     2026年の大舞台で、上田綺世はそう語った。前回大会での出場は1試合のみ、無得点。それでも、森保監督から「続けた先にしか悔しさを晴らせるチャンスはない。期待して見ている」と言ってもらい、悔しさをバネに欧州のタフな環境で研鑽を積み、明確な進化を遂げていた。

     今回のチュニジア戦、上田は攻撃の起点としても重要な役割を果たしていた。前線でボールを引き出し、味方を活かすポストプレーなど、伊東へのワンタッチでのアシストに象徴されるように高い技術を見せた。

     1点目に関しては、得点に飢えていたからこそ、ボールを受けてから一瞬スピードを落とし、間合いを作ってからシュートを打ち込んだ。この決断には、エースとしての自信と冷静さが強く表れている。

     さらに、ヘディングシュート時の“対空時間”――ジャンプしてから空中にとどまる長さには尋常ではないものがあり、まさに“空間を支配する”ストライカーぶりを世界に示した。

    「エリート落選」からの逆襲。無名の少年が秘めていた“未完成の刃”

     今でこそ圧倒的な存在感を放つ上田だが、そのルーツは「挫折」にある。

     中学時代、名門・鹿島アントラーズのジュニアユースに所属しながらも、ユースチームへの昇格は叶わなかった。当時の上田は身長170センチにも満たず、線も細い。「無名の存在」として、エリートコースから外れるという冷酷な現実を突きつけられたのだ。

     しかし、この落選が彼の心に火をつけた。「必ず世界の舞台で返り咲く」という強烈な反骨心を胸に門を叩いたのが、鹿島学園高校だった。そして、この選択が彼の運命を大きく変えることになる。

    欠点を責めるのではなく長所を伸ばす。鈴木雅人監督の育成マネジメント

     鈴木監督が上田を初めて見たのは中学時代の試合だった。「線は細いが、どこか伸びしろを感じさせる」。体格的には目立たず、突出した成績もなかったが、その“何か”に気付いた。

     高校進学後も、60名以上いる1年生の中で決して目立つ存在ではなかった。守備への関心は低く、走る練習を嫌う一面もあった。

     ただ、得点への嗅覚と執着心には特筆すべきものがあった。

     鈴木監督は、「この子の魅力はゴールを狙い続けること」と見極め、「個性を生かすほうがチームにとってもプラスになる」と覚悟を決めた。技術や戦術を細かく教え込むのではなく、あえてアドバイスは最小限に抑えた。

     「次は左足で決めてみよう」「次はヘディングで狙ってみて」

     そうした声がけにとどめ、あとは本人の発想と工夫に任せた。長所を最大限まで伸ばし、短所にはあえて厳しく叱るといったことはしない。この「未完成の才能」への投資が、後の世界へ羽ばたくストライカーを生み出す土台となった。

    スランプを肯定する。苦悩の時期が「ブレない軸」を創る

     順調に見える成長曲線にも、踊り場はあった。高校2年時、身体的なアンバランスさやライバルの台頭により、上田は深いスランプに陥り、スタメンから外れる屈辱を味わう。

     しかし、ここでも鈴木監督のアプローチはブレなかった。目先の結果を急がせるのではなく、停滞期を「成長に必要なプロセス」として肯定したのだ。

     このスランプの期間に彼は腐ることなく、地味な体幹トレーニングや基礎筋力の強化に黙々と取り組んだ。この時期に徹底的に鍛え直した「身体の軸」と「心の軸」が、現在、欧州の屈強なディフェンダーに激しく当たられても倒れない圧倒的な強さの源泉となっている。

     そして3年生へと進級する頃、身長が急激に伸び、スピードも劇的に向上。蓄えていたエネルギーが爆発するかのように、絶対的エースへと開花したのである。大事な試合ではことごとくゴールを決めて、周りからも信頼されるようになった。

    高校から世界へ――プロ入りと欧州挑戦の舞台裏

     高校卒業後、上田は法政大学へ進学し、在学中に鹿島アントラーズでプロデビューを果たす。Jリーグで徐々に頭角を現した後、ベルギー、さらにオランダ1部へと舞台を移した。移籍1年目は5得点にとどまったが、3年目に25得点を挙げ、日本人初の“得点王”に輝く。

     鈴木監督も、「得点のバリエーションが増え、守備にも積極的に関与するようになった。高校時代に培った自分で考え抜く力を、結果につなげている」と喜びを見せる。どのステージでも、自律し目の前の課題を一つ一つクリアしていく姿は変わらず、海外でもその成長曲線を描き続けている。

     また、今回のワールドカップで背番号が「9」から「18」へと変更された理由にも、上田本人の強い思い入れがある。幼少期にサッカーを始めた際、指導者だった父親が、大ファンであったドイツの伝説的FWユルゲン・クリンスマンに合わせてつけていたのが「18番」だった。自身も父に憧れ、この番号を引退するまで背負いたいと考えるほど思い入れが深い。「黄金のハヤブサ」と呼ばれたクリンスマンはW杯に3回出場し、90年イタリア大会で優勝も経験している。その同じ景色を見るために、日々自身を磨いてきた。

    恩師、後輩、そして家族。原点と最愛の支えを胸に

     上田が世界へ羽ばたいた今も、師弟の絆は深く結ばれている。迎えた日本代表の初戦・オランダ戦。鈴木監督は本人からの招待を受け、家族とともに現地へ駆けつけ、スタンドから教え子に熱い視線を送った。

     一方で本人も、オフで帰国するたびに母校を訪れ、後輩たちに直接アドバイスを送っている。その姿に、後輩たちも「自分も頑張れば上田選手のようになれる」と奮起している様子だ。言葉だけでなく、その圧倒的な背中で生きた教訓を示し続ける姿は、今や鹿島学園の選手たちにとって頼れるロールモデルとなっている。

     また、その躍進を語るうえで、家庭の存在も欠かせない。2022年に結婚した妻の由布菜月さんは、モデルとしての活動の傍ら「アスリートフードマイスター」の資格を取得し、海外移籍にも同行。ベルギーやオランダでの生活を支え、食事やメンタル面において大きな力となっている。

     実は結婚時、二人は鈴木監督の自宅を訪れて婚姻届の保証人を依頼しており、恩師との特別な信頼関係は人生の節目でも固く結ばれていた。そして2026年4月、新たに第一子が誕生。現在は最愛の家族の支えを糧に、さらなる高みを目指している。

    「規律」と「余白」の共存。気づかせる育成論が導く未来

     鹿島学園の育成は、ただ放任するのでもなく、厳しく管理するのでもない。「余白」と「規律」を共存させることで、選手が自ら考え、個性を最大限に発揮できる環境を作り出している。それは技術の向上にとどまらず、いかなる逆境も自力で突破する「自走力」を養うことにほかならない。

     「未完成の才能を信じて育てる」哲学から生まれた、世界基準のストライカー。中学時代の挫折を乗り越え、最愛の家族と恩師の想いを背負ってピッチに立つ上田綺世の物語は、まだ始まったばかりだ。

     クリンスマンと同じ「W杯優勝」という最高の景色を見るために――日本の絶対的エースは、自ら切り開いたその道を進み続ける。

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