「これ本番ですか?」から始まった宇宙への旅路—日...
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通算868本塁打の偉業と王貞治の足跡|9月3日「ホームラン記念日」
ビジョナリー編集部 2026/09/03
日本の野球界において、毎年9月3日は特別な意味を持つ記念日として刻まれています。この日は、読売ジャイアンツの王貞治選手が通算756号ホームランを放ち、世界新記録を樹立した「ホームラン記念日」です。
今なお「世界の王」として老若男女から愛され、球界に多大な影響を与え続けている足跡は、日本のスポーツ文化の原点と言っても過言ではありません。本記事では、記念日が誕生した歴史的背景から、前人未到の記録を支えた特訓のエピソード、さらには現代野球にまで脈々と受け継がれるその精神性までを解説します。
9月3日「ホームラン記念日」が誕生した感動の瞬間
後楽園球場を歓喜の渦に巻き込んだ通算756号
1977年9月3日、熱気に包まれた後楽園球場で行われたヤクルトスワローズとの一戦で、歴史的な出来事は起こりました。3回裏、王選手はヤクルトの鈴木康二朗投手が投じたフルカウントからの6球目を捉え、右翼席へと大きく描かれる本塁打を放ちました。
この1本こそが、メジャーリーグの強打者ハンク・アーロン氏が保持していた通算755本塁打という「世界記録」を超える、通算756号のホームランでした。白球がスタンドに吸い込まれた瞬間、球場全体が大歓声と割れんばかりの拍手に包まれ、日本中が歴史の目撃者として湧き立ちました。
創設第1号となった「国民栄誉賞」の栄誉
この前人未到の快挙を受け、当時の政府はその偉業と日本国民に与えた大きな夢と希望を称え、新たな賞を創設することを決定しました。これが、現在まで続く「国民栄誉賞」です。
王氏は記念すべき国民栄誉賞の受賞者第1号となり、国民的ヒーローとしての地位を揺るぎないものとしました。9月3日が「ホームラン記念日」として制定された背景には、一人のアスリートが日本全体を元気づけたという象徴的な意味が込められています。
数字と打法で紐解く「世界の王」の不滅の金字塔
生涯通算868本という驚異的な記録
22年間の現役生活で積み上げた通算868本塁打という記録は、半世紀近くが経過した現在もなお打ち破られていない世界記録です。現役時代には、本塁打王のタイトルを13年連続を含む通算15回も獲得しました。さらに首位打者5回、打点王13回を獲得し、打撃の最高峰とされる「三冠王」を2度も達成しています。レギュラーシーズンの最優秀選手(MVP)には通算9回選出されており、長年にわたって球界の頂点に君臨し続けました。
努力の結晶が生んだ「一本足打法」
代名詞とも言えるのが、右足を大きく上げてタイミングを取る「一本足打法」です。しかし、この打法は最初から完璧だったわけではありませんでした。
プロ入り当初、王氏は速球に対応できず三振の多い打者でした。そこで出会ったのが、名コーチとして知られる荒川博氏です。荒川コーチとの出会いによって試行錯誤の末に生み出された一本足打法は、軸足の溜めと圧倒的なスイングスピードを可能にしました。血の滲むような特訓の末に手に入れたこのフォームこそが、世界記録を生み出す原動力となったのです。
伝説として語り継がれるエピソードと人間性
畳が擦り切れるまで振られた真剣での素振り
努力を表す有名なエピソードとして、「真剣を使った素振り」があります。一本足打法における軸のブレをなくし、刀で切るような鋭いスイングを体得するため、荒川コーチの自宅で天井から吊るした紙の束を真剣で切り落とすという練習を行いました。
練習を行った部屋の畳は擦り切れ、足の裏の皮がめくれても素振りをやめることはなかったと伝えられています。才能だけに頼るのではなく、極限まで己を追い込む練習量があったからこそ、数々の偉大な記録が生まれました。
常に相手を敬う「紳士」としての素顔
グラウンド上での圧倒的な存在感とは対照的に、人間味あふれる温かい人柄と真摯な姿勢でも知られています。
通算756号の本塁打を打たれた鈴木康二朗投手に対して、後に気遣いの言葉を掛け、相手投手を尊重する配慮を見せました。また、どれほどファンやメディアに囲まれても嫌な顔ひとつせず丁寧に対応する姿は、野球人の見本として多くの後輩選手たちからも深く尊敬されています。
指導者としての実績と現代へ受け継がれる王イズム
ホークスを常勝軍団へ導いた名将の姿
現役引退後、読売ジャイアンツの監督を経て、福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の監督に就任しました。当初は低迷していたチームに対し、「勝つことへの執着心」と「プロとしての意識」を植え付け、見事に日本一の球団へと育て上げました。
現在も球団の取締役会長としてチームの土台を支え続けており、球団の精神的な支柱として後進の育成に力を注いでいます。その情熱は衰えることがありません。
WBC初代王者と世界への道筋
2006年に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)において、日本代表の監督を務めたのが王氏でした。世界各国の強豪がひしめく厳しい大会の中でチームを一つにまとめ上げ、見事に初代世界王者の座を勝ち取りました。
この大会での成功は、日本の野球が世界レベルにあることを証明し、その後の日本人選手たちがメジャーリーグへ挑戦する大きな後押しとなりました。
終わりに:受け継がれるホームランの夢
王貞治氏が残した868本という圧倒的な記録と、それを支えた過酷なまでの努力、そして周囲への感謝を忘れない姿勢を再確認できる日が、9月3日のホームラン記念日です。時代を超えて受け継がれるホームランの浪漫と、アスリートの美学に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


