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2025

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    創造的破壊が未来を拓く――ノーベル経済学賞が示した成長の条件

    創造的破壊が未来を拓く――ノーベル経済学賞が示した成長の条件

    2025年のノーベル経済学賞を受賞したのは、ジョエル・モキイア氏(ノースウェスタン大学)、フィリップ・アギヨン氏(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)、ピーター・ホーウィット氏(ブラウン大学)の3名。彼らの研究は「イノベーションがいかに経済成長を生み出すのか」「創造的破壊がなぜ不可欠なのか」という点を理論と歴史の両面から解き明かしました。

    「イノベーションで経済成長」はなぜノーベル賞になるのか?

    「イノベーションが経済成長に重要」であることは、ビジネスの世界では当然と考えられてきました。スティーブ・ジョブズやGAFAの成功譚を思い浮かべる方も多いでしょう。では、なぜこのテーマがノーベル賞になるのでしょうか?

    実は、「イノベーションが経済成長にどう効いているのか」を、経済学としてきちんと説明できた理論や実証研究はこれまで意外と少なかったのです。たとえば、「研究開発費を増やせば本当に成長につながるのか?」「競争が激しい産業は本当にイノベーションが起きやすいのか?」といった疑問にも、経済学は長年答えを出せていませんでした。

    今年の受賞者たちは、イノベーションと経済成長に対する根本的な問いに真っ向から挑み、世界経済の根本を再定義したのです。

    受賞者3人の研究が明らかにした経済成長の謎

    ジョエル・モキイア氏――歴史から見つめ直す成長の文化

    まず注目したいのは、ノースウェスタン大学のジョエル・モキイア教授です。モキイア氏の専門は経済史。彼が紐解いたのは、なぜ18世紀のイギリスでだけ「産業革命」という前例のない経済成長が爆発的に起きたのか、という謎です。

    産業革命以前、世界のほとんどの時代・地域では、一人当たりの生活水準も人口も、長期的にはほぼ停滞していました。飢餓や疫病などが珍しくなく、17世紀のヨーロッパでも、人口動態的に半分が20歳までに亡くなっていたのです。

    ところが、18世紀末から19世紀初頭にかけて、イギリスを皮切りに、持続的な経済成長が始まります。栄養状態、公衆衛生も改善に向かい、今日につながっていくことになります。

    モキイア氏は、経済成長には「命題的知識(理論)」と「規範的知識(実践)」の両輪が必要だと指摘します。科学的な原理を深く理解し、その上で現場の技術革新を進める。この「知識と実践の相互作用」が、19世紀ヨーロッパの爆発的な成長を可能にしました。

    さらに大切なのは、知識や情報の自由な普及と交換。印刷技術や郵便制度の発達により、百科事典や雑誌を通じて新しいアイデアが共有され、科学者や技術者がネットワークを作りました。現代で言う「オープンイノベーション」の先駆けです。

    また、国境を越えた人材やアイデアの競争、発明家の知的財産権を守る制度が、イノベーションを加速させました。イギリスで立憲君主制が整い、発明特許が制度化されたことも大きな後押しとなりました。

    一方、同時代の中国は強力な中央集権体制のもと、イノベーションや競争が制限されていました。発明家が国外に移ることも難しく、知識の流通が国家によって厳しくコントロールされていたためです。

    こうした歴史的な視点から、モキイア氏は「持続的成長には、社会全体で知識を重んじ、自由に交換し合う文化が不可欠」と結論づけます。

    アギヨン氏・ホーウィット氏――理論で解き明かした「創造的破壊」

    続いて注目すべきは、フィリップ・アギヨン氏(LSE)とピーター・ホーウィット氏(ブラウン大学)です。彼らは「創造的破壊」を経済成長理論の中核に据え、初めてそれを数学的に定式化しました。

    「創造的破壊」という言葉は、経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが1911年に提示した概念です。新しい技術や製品が登場することで、既存の企業や産業が市場から駆逐され、経済は進化し続ける。このダイナミズムが経済成長の原動力になる、という考え方です。

    しかし長らく、実証的・理論的な裏付けは弱いままでした。

    1990年代初頭、アギヨン氏とホーウィット氏は、「イノベーションがどのように経済成長を牽引し、古い企業が新しい企業に取って代わられるか」を、経済全体の数式モデルとして描き出しました。これにより、研究開発投資や市場競争の度合いが、イノベーションの発生率や経済成長率にどう影響するのかが、理論的に検証できるようになりました。

    アギヨン&ホーウィット理論の一つの重要な知見は、「競争がイノベーションを促進するのは一定の範囲までで、競争が激しすぎると逆にイノベーションが減少する」という関係です。経験則ではなく、理論と実証データの両面から導かれた新しい発見でした。

    この理論は、「ほどよい競争環境」がイノベーションを最大化するという、政策立案にも直結する示唆を与えています。

    ノーベル委員会の評価――「経済成長を当然視してはならない」

    スウェーデン王立科学アカデミーは、今回の授賞理由について「彼らの研究は、経済成長が自明のものではなく、創造的破壊というメカニズムを守り続けなければ再び停滞に陥る危険がある」とコメントしています。

    また、人工知能(AI)など新たな技術革新が社会構造を急激に変える今日、短期的には失業者が増えるなど「多くの敗者」が生まれうる点にも言及。イノベーションを阻害しない一方で、雇用対策や社会保障の重要性を政府に強く求めています。

    まとめ

    今年のノーベル経済学賞の受賞内容は、次のような重要な問いを私たちに突き付けています。

    • 「経済成長は当たり前ではない」
    • 「イノベーションを促すには、知識の自由な交換と競争環境、そして知的財産権の保護が不可欠」
    • 「創造的破壊のメカニズムを社会がどう守り続けられるか、それが未来の成長を左右する」
       

    この知見は、AIやグリーンテクノロジーなど新たな技術が次々と生まれる現代社会において、持続的な成長を実現するためのヒントが詰まっています。

    あなたのビジネスや組織でも、「知識やアイデアをどう共有し、競争と協調のバランスを保ちつつ、どうイノベーションを生み出していくか」を改めて考えてみてはいかがでしょうか。

    成長を生み出す「創造的破壊」を、自分たちの現場でどう実現するか。今年のノーベル経済学賞は、そのダイナミズムを持ち続けることを私たちに求めています。

    #ノーベル経済学賞#ノーベル賞#イノベーション#経済成長#技術革新#創造的破壊#シュンペーター#オープンイノベーション

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