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2026年ノーベル化学賞:硤合憲三名誉教授が解き明かした「鏡像異性体」と「ソアイ反応」
ビジョナリー編集部 2026/10/09
2026年のノーベル化学賞に、東京理科大学の硤合憲三(そあい けんそう)名誉教授が選ばれました。授賞理由は「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒反応の発見」です。スウェーデン王立科学アカデミーが「1世紀以上にわたる化学の謎に対する答えを示した」と絶賛したこの業績は、一体どのようなものなのでしょうか。その画期的な内容と未来への広がりを分かりやすく紐解きます。
生命の根源に関わる「鏡像異性体」のミステリー
私たちの手を左右で合わせたとき、手のひらの向きは同じでも親指の位置が重ならないように、分子の世界にも構成する原子の数や種類がまったく同じでありながら、空間的な配置が鏡像の関係にある「鏡像異性体(キラリティ)」という構造が存在します。
化学反応で物質を作る際には両方が作られますが、不思議なことに生物を形作るアミノ酸や糖は、片方の立体構造に偏っています。この謎は1世紀以上も科学者たちを悩ませてきました。実験において、一方だけを高純度につくることは非常に困難でした。
爆発的に偏りを増幅させる「ソアイ反応」
この難問に革命をもたらしたのが、1995年に発表した「ソアイ反応(不斉自己触媒反応)」です。
この反応では、自分自身と同じ立体構造の分子が爆発的に増殖します。その結果、ごくわずかな初期の偏りが反応を繰り返すうちに雪だるま式に拡大し、最終的には片方の型が高純度に生成されるのです。
ノーベル賞の選考委員会は、この現象を「これまでの化学実験の中で最も驚異的なものの1つ」と高く評価しました。
発見に至るまでの経緯と試行錯誤
硤合名誉教授がたどった道のりは、まさに挑戦の連続でした。通常の触媒は反応を助けるだけで自分自身は増えませんが、彼は「自己触媒反応(生成物自身が触媒として働く反応)」に着目しました。
1990年にピリジルアルカノールという分子で不斉自己触媒反応が起きる端緒を見出したものの、当時は増幅の力が十分ではありませんでした。そこから分子の構造を少しずつ変えながら気の遠くなるような試行錯誤を重ね、ついに「ピリミジルアルカノール」という分子にたどり着きます。
そして1995年、ごくわずかな初期の偏りが、反応を繰り返すことで爆発的増幅を遂げる画期的な成果を、英科学誌『ネイチャー』で発表しました。
もう一人の受賞者が解き明かした「非線形効果」の仕組み
今回のノーベル化学賞には、フランス・パリ・サクレー大学のアンリ・カガン名誉教授も選ばれています。彼が切り拓いたのが「非線形効果」の解明です。
1986年、触媒のわずかな偏りや不純物が、生成物において予想を超える大きな偏りとなって増幅されて現れる現象を発見しました。カガン氏が数式モデルなどによって理論・実験的に示したことと、硤合氏がソアイ反応によって爆発的に増幅させたこと――この両者のアプローチが両輪となり、1世紀以上にわたる化学の大きな謎に解決策をもたらしたのです。
次世代の創薬や産業への応用可能性
この基礎研究の成果は、私たちの産業や医療の現場にどのような変革をもたらすのでしょうか。
医薬品の中には、一方の鏡像異性体は有効な薬効を示し、もう一方は意図しない副作用を引き起こすリスクがあります。そのため、必要な片方の立体構造だけを安全かつ効率的に合成する技術が求められています。
今回の発見を基盤とした不斉合成技術は、コストや環境負荷を抑えながら、高純度な医薬品や香料、機能性新素材を製造するための強力なアプローチを提供します。基礎科学の真理の追求が、巡り巡って人々の健康や産業の発展を支える技術に直結しているのです。
終わりに
硤合名誉教授は、受賞決定後のインタビューで、答えがあるかどうかも分からない暗闇の中を試行錯誤しながら実験を重ねてきたと振り返っています。目先の成果だけに捉われない、自然の真理に対する純粋な知的好奇心と粘り強さが、世界を変える発見を生み出しました。今回の受賞は、日本の基礎研究が持つ底力と、知のフロンティアを切り拓く素晴らしさを改めて私たちに教えてくれています。


