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2026

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    なぜ私たちは正月に箱根駅伝を見てしまうのか――100年続く大会が生んだ物語とスターの理由

    なぜ私たちは正月に箱根駅伝を見てしまうのか――100年続く大会が生んだ物語とスターの理由

     正月の朝、何気なくテレビをつけると、冷たい空気の中を大学生ランナーたちが黙々と走っています。気づけば画面から目が離せなくなり、順位や選手名に一喜一憂してしまいます。箱根駅伝は、なぜここまで私たちの心を引きつけるのでしょうか。

     その答えは、この大会が単なる大学スポーツではなく、歴史と物語、そしてスター誕生の仕組みを内包した特別な存在だからです。

    正月の風物詩は、こうして始まった

     箱根駅伝は、毎年1月2日・3日に行われる正月の恒例行事として知られています。その始まりは、日本の長距離走を世界水準へ引き上げたいという、競技者たちの強い思いから生まれた大会でした。

     箱根駅伝の第1回大会が開催されたのは1920年です。当時の参加校は、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学、東京高等師範学校(現・筑波大学)の4校のみでした。規模も注目度も、現在とは比べものになりません。

     それでもこの大会は、大学生が襷(たすき)をつなぎ、東京から箱根を往復するという挑戦的な試みとして、徐々に存在感を高めていきました。

    箱根路が特別な理由――箱根駅伝が“読めないレース”になる背景

     箱根駅伝が特別な理由の一つが、コースの厳しさにあります。平坦な都市部だけでなく、急な坂道や長い上り下りが続く箱根路は、選手の総合力を容赦なく試す舞台です。

     刻々と変わる気温や風、路面状況が、選手の判断力や精神力を試します。実力差だけでは説明できない結果が生まれるのは、そのためです。

     だからこそ箱根駅伝は、「何が起きるかわからない」大会として、多くの人を引きつけています。

    勝敗を分ける「5区・山登り」という魔物

     往路5区は、箱根駅伝を象徴する区間として知られています。標高差およそ800メートルを一気に駆け上がるこの区間では、少しの判断ミスが大きな失速につながります。

     ここでの逆転劇や苦闘の姿は、箱根駅伝の名場面として何度も語り継がれてきました。5区はまさに、勝敗と物語を左右する“魔物”のような存在です。

    テレビ中継が箱根駅伝を「国民的行事」に変えた

     箱根駅伝が全国的な注目を集めるようになった背景には、テレビ中継の存在があります。1987年に日本テレビによる全区間完全生中継が始まったことで、箱根駅伝は一部の競技ファンだけでなく、全国の家庭に届く行事へと姿を変えていきました。正月という家族が集まる時間帯に、長時間にわたって放送されることで、多くの人が自然と目にするようになったのです。

     さらに中継では、選手の背景や努力の過程が丁寧に紹介されます。これにより、視聴者は単なる順位以上の物語を感じ取るようになり、箱根駅伝は「競技」から「国民的ドラマ」へと定着していきました。

     また、箱根駅伝は、数多くのスター選手を世に送り出してきた大会でもあります。正月の高い視聴率の中で活躍すれば、一躍全国区の存在となります。大学生にとって、これほど注目を浴びる舞台は他にありません。

    箱根から羽ばたいたスターたち

     それでは、箱根駅伝をきっかけに陸上界の第一線へと羽ばたいた代表的な選手たちを紹介します。

    • 瀬古利彦(早稲田大学出身)
      1970年代に箱根駅伝へ出場し、大学時代から注目を集めました。その後は世界大会でも活躍し、日本の長距離界を象徴する存在となりました。
    • 大迫傑(早稲田大学出身)
      1年生から箱根駅伝に出場し、いきなり1区区間賞をとるなど一躍注目を浴びました。プロ転向後は世界を舞台に戦うトップランナーとして活躍しており、マラソンの日本記録も更新しています。
    • 設楽悠太・啓太(東洋大学出身)
      2000年代後半から2010年代初頭にかけて箱根駅伝に出場し、双子ランナーとして強烈な印象を残しました。その後も実業団・マラソン界で第一線を走り続け、設楽悠太はマラソンの日本記録を更新する活躍もしました。
    • 三浦龍司(順天堂大学出身)
      箱根駅伝と並行してトラック競技でも頭角を現し、世界大会にも出場。2025年の世界陸上では3000メートル障害で8位入賞を果たしました。箱根世代から国際舞台へとつながる新しいモデルケースとなりました。
       

     彼らの多くが、「箱根での経験が競技人生の転機になった」と語っています。箱根駅伝は、若き才能が世に知られるための重要な通過点となっています。

    強豪校の「ブランド化」が生んだ新たな魅力

     近年の箱根駅伝では、大学ごとのカラーや戦略にも注目が集まっています。特に青山学院大学は、科学的なトレーニングやデータ分析を取り入れた育成手法、そして組織的なチーム運営によって、近年の箱根駅伝を象徴する強豪校としての地位を築きました。

     こうした動きは、他大学にも広がっています。たとえば――

    • 駒澤大学
      安定した選手層と計画的な育成を強みとし、近年の大会では総合力の高さで常に上位争いを演じています。突出したエースに依存せず、チーム全体で勝負するスタイルが特徴です。
    • 國學院大學
      出雲駅伝や全日本大学駅伝での実績を背景に、箱根駅伝でも着実に存在感を高めています。選手育成とチームの一体感を武器に、近年は上位校の一角として定着しつつあります。
    • 中央大学
      長い歴史を持つ伝統校として知られ、近年は成績面でも復調を見せています。往路での安定した走りを軸に、再び上位進出を狙える力を取り戻しつつあります。
    • 早稲田大学
      箱根駅伝の歴史とともに歩んできた名門校で、時代ごとに数多くの名選手を輩出してきました。近年は試行錯誤を重ねながら、チーム再建に取り組んでいます。
       

     このように、各大学が独自の哲学や戦略を打ち出すことで、箱根駅伝は単なる競技の場を超え、 大学スポーツにおける人材育成や組織運営の在り方を映し出す舞台へと進化しています。

    箱根駅伝が私たちに教えてくれるもの

     箱根駅伝は、速さを競うだけの大会ではありません。仲間と役割を分かち合い、一つの目標に向かって努力する姿は、仕事や人生にも通じる教訓を含んでいます。だからこそ、多くの人が毎年この大会に心を動かされるのです。

    まとめ――箱根駅伝は、これからも物語を生み続ける

     箱根駅伝は100年以上にわたり、日本人の正月と共に歩んできました。時代が変わっても、人が努力や挑戦の物語に心を動かされる限り、この大会の魅力は失われないでしょう。

     次に箱根駅伝を見るときは、その1区間の裏にある人生や思いにも、ぜひ目を向けてみてください。

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