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「女性の高学歴化が少子化を招く」は誤解か。60年前の「丙午」データが明かす意外な真実
ビジョナリー編集部 2026/05/18
2026年、60年に一度巡ってくる「丙午(ひのえうま)」の年。この迷信に端を発した過去の人口動態データから、現代社会の大きな謎である「高学歴化と少子化の因果関係」を解き明かした研究が注目を集めている。
早稲田大学などの研究チームが発表した最新の分析結果は、これまでの「教育が少子化の主犯である」というイメージを覆すものだという。
丙午の迷信が生んだ「天然の実験場」
1966年の丙午の年、日本における出生数は前年に比べ約25%も激減した。この「迷信による出生回避」という歴史的事実が、図らずも教育の因果関係を測定するための貴重なデータを提供することになった。
ポイントは、日本の学年制度(4月開始)と暦年(1月開始)の「ズレ」にある。1967年の1月から3月に生まれた女性は、丙午生まれではないものの、1966年生まれの「丙午世代」と同じ学年に属することになる。
この学年は極端に出生数が少ないため、進学時の競争が相対的に緩やかになった。研究チームは、この「競争緩和の恩恵」によって教育機会が外生的に増大したグループを対象に、約180万人規模の統計分析を行う「準実験デザイン」を採用。これにより、個人の資質や結婚意欲といった要因を排除し、「教育そのものが家族形成に与える影響」のみを抽出することに成功したという。
結婚は2週間、初産は40日の遅れにすぎない
分析の結果、驚くべき事実が明らかになった。教育機会の拡大によって大学進学率や短大以上の修了率が有意に上昇したにもかかわらず、それが家族形成に与える影響は極めて限定的だったのだ。
具体的な数値を見ると、初婚の時期は平均で約2週間、初産は約40日遅れるにとどまっていた。高学歴化が結婚や出産のタイミングをわずかに押し下げることはあっても、その幅は世間で考えられているよりもずっと小さいことが示されたのである。
さらに重要なのは、これらの遅れは「一時的なもの」だったという点だ。23歳から48歳までの推移を追跡した調査によると、若年期に見られた結婚や出産の遅れは年齢とともに解消され、40代半ばまでには、高学歴の女性もそうでない女性と同程度に結婚し、子どもを持つに至っていることが確認されたという。
つまり、教育は家族形成の「タイミング」をわずかに遅らせるものの、最終的に結婚するか出産するかという「結論」にはほとんど影響しない ということだ。
変わる経済力、変わらない社会的規範
研究では、高学歴化した女性たちの結婚スタイルの変化についても触れている。
より高い教育を受けた女性は、結婚時の就業率が高く、経済的に自立した状態で家庭を築く傾向にあるという。また、やや年下の配偶者と結婚するケースが見られるなど、夫婦関係のあり方には変化の兆しが見て取れる。
一方で、同棲の経験や夫婦同姓といった伝統的な結婚慣行については、教育水準による大きな差は見られなかった。女性たちは新たな教育・経済機会を手に入れながらも、既存の社会的規範との間でバランスを取りながら行動している姿が浮かび上がってくる。
少子化対策の矛先をどこに向けるべきか
今回の研究成果は、少子化対策の議論に一石を投じるものとなるだろう。これまで「女性の高学歴化が少子化を加速させている」という言説が、暗黙の了解のように語られる場面も少なくなかった。しかし、本研究はその因果関係を否定している。
研究チームは、家族形成の変化の要因を教育に求めるのではなく、保育の不足や柔軟性に欠ける働き方、家庭内におけるジェンダー不平等といった、仕事と家庭の両立を阻む「制度的な要因」に目を向けるべきだと示唆する。
60年ぶりの丙午を迎える2026年を前に、私たちは「高学歴化=少子化」というステレオタイプを捨て、真に家族形成を支える社会制度のあり方を問い直す必要がある。
研究者のコメント
「女性の教育水準の向上は、結婚や出産のタイミングに一定の影響を与えるものの、その効果は限定的かつ一時的であり、最終的な家族形成を減少させるものではありません。高齢化が進む社会において家族形成を支えていくためには、仕事と家庭の両立を可能にする職場環境や保育制度など、社会制度の整備が重要です。」
用語解説
- ※1 丙午(ひのえうま): 中国の干支に由来する60年周期の一つ。日本ではこの年に生まれた女性は気性が激しく、夫に不幸をもたらすとする民間信仰がある。1966年には出生率が約25%低下した。
- ※2 家族形成: 結婚し、子どもを持つようになるまでの過程。
- ※3 差の差分析(DD): 出来事の影響を受けた集団と受けていない集団の変化を比較し、その効果を推定する統計手法。
- ※4 準実験デザイン: 自然に生じた制度や出来事を利用して、実験に近い形で因果関係を明らかにする研究手法。
論文情報
- 雑誌名: Demography (Duke University Press / Population Association of America)
- 論文名: Causal Effects of Education on Marriage and Fertility in Japan: A Research Note on a Quasi-Experimental Approach Utilizing Zodiac Superstition as an Exogenous Shock
- 執筆者名(所属機関名): Rong Fu*(早稲田大学・コロンビア大学)、Senhu Wang(シンガポール国立大学)、Yichen Shen(神奈川県立保健福祉大学)、野口晴子(早稲田大学)
- 掲載日時(現地時間): 2026年4月1日
- 掲載URL: https://doi.org/10.1215/00703370-12530548
- DOI: 10.1215/00703370-12530548
研究助成
- 研究費名: 早稲田大学重点領域研究17b(2017-2022年)、及び、JSPS KAKENHI Grant Number JP22K13423(2022-2026年)
- 研究課題名: 「持続可能な社会における社会厚生の在り方に関する実証的・理論的研究」、及び、「A comprehensive investigation of the incentives and policies in the Japanese generic drug market」
- 研究代表者名(所属機関名): 野口晴子(早稲田大学)、及び、富蓉(早稲田大学)


