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2026

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    「安くていいもの」は日本だけの幻想――自らの首を絞める器用貧乏から、価値に見合った価格設定へ

    #19「安くていいもの」は日本だけの幻想――自らの首を絞める器用貧乏から、価値に見合った価格設定へ

    原石からダイヤへ

     2010年に私が東レの社長に就任して以来、社内に向けて、そして各種の経営者団体などの公の場でも、ずっと言い続けている強い問題意識があります。それは、日本企業に根深く浸透している「安売りの精神」と、それを取り巻く日本人の独特なメンタリティについてです。

     日本には「安くていいもの」という言葉があり、それが美徳とされています。しかし、はっきり言っておきますが、「安くていいものがある」などという考え方を持っているのは世界中で日本人くらいです。海外へ出てみれば、「いいものは高く、悪いものは安い」のが当たり前の共通認識です。

     私がフランスに赴任していた頃、現地で家具を買ったのですが、これがすぐに壊れてしまいました。店に文句を言いに行くと、店員は悪びれもせずこう言ったのです。「なんでこっちの高い方を買わなかったんだ? こんな安いもの、すぐ壊れるに決まっている」と。それで終わりです。海外のスタンスはそれくらい明快なのです。

     翻って日本はどうでしょうか。たとえバーゲンで安く買ったタンスであっても、少しでも不具合があれば、お客様は当然のように怒り、お店側も「大変申し訳ございません!」と平謝りして新品と交換します。たとえ値段は安くても、最初から完璧な品質を求める。だからこそ、日本のメーカーは必死になってプロセスや設備を改良し、凄まじい企業努力を重ねて、高品質なものを信じられないような低価格で作ってしまうのです。

     この日本のモノづくりの力は、一見すると素晴らしいことのように思えます。しかし、それはかつて日本製の品質が圧倒的だった時代の話であり、新興国でもそれなりの品質の製品が作られるようになった現在、結果として自分たちの首を絞めることになっているのです。

     海外のメーカーは、安く売るために一生懸命になってコストダウンの改善努力はしません。「これだけ良いものを作るのだから、これだけのコストがかかるんですよ」と堂々と主張し、高い価格で販売します。一方で、日本人は血のにじむような努力でコストを下げ、それをそのまま販売価格に反映させて安く売ってしまう。いくら生産性や能率を上げても、今の時代では自ら製品の価値を叩き売っているようなものです。これでは儲かるはずがありませんし、企業の収益体質が健全でなければ、巡り巡って日本人の給料が上がらないのは当然の帰結です。事実、日本の賃金水準は、今や韓国などにも完全に負けてしまっています。

     価値の序列というものを、海外のマーケットは冷徹に見ています。

     日本国内では、価格を上げるとその下をくぐる競合が出てきてシェアを落としてしまうことがあるので、価格設定には慎重にならざるを得ません。しかし今やグローバル競争においては、最終製品も価値に見合った価格設定にして自らのブランド価値を高めていかなければ勝ち抜ける時代ではありません。そのためには、素材や部品のメーカーも、自らの製品の価値をもっと主張すべきです。

     海外の優れたブランドは、自分たちの「価値」を守る戦い方を熟知しています。フェラーリは、もし10万台も作って安売りしてしまえばブランド価値が崩壊することを知っているからこそ、台数を限定して1台3,000万〜5,000万円という高価格で売る。ボルボも多くとも年間数十万台の規模で、価格に見合った高い価値を提供し続けています。コストベースで価格を決めるのではなく、市場価値から価格を設定しているのです。

     このような状況の日本で、どれほど「給料を上げよう」と号令をかけ、大手企業が価格を上げたとしても、今度は安さをウリにした競合他社が「さらに安くて良いもの」を作って追いかけてくる。そして、地方の中小企業は「安くしなければ採用してもらえない」と恐怖を抱き、身を削ってでも値段を下げようとしてしまう。これは個別の業界構造というよりも、日本人のメンタリティそのものの問題です。

     このデフレ心理を払拭し、社会のありようを根本から変えていかなければ、日本の製造業に本当の未来はありません。だからこそ私は今、日本繊維産業連盟や日本能率協会といった場でも、このマインド転換の必要性を強く訴えかけています。コストダウンや生産性向上の努力は、安売りするためではなく、適正な利益を得て、従業員に正当な給料として還元するために行うものです。日本の製造業は自らの製品と技術にもっと誇りを持ち、「良いものは高く売る」という世界標準の覚悟を持つべきなのです。

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