10代の決断と「コンシューマー・イズ・キング」—...
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#05「ふんわり頑固」の原点と、青春期の試練――決断の先に見出した自分の道
岩田 彰一郎 2026/10/05
アスクル時代、社員たちから私の性格について「ふんわり頑固」と表現されたことがありました。物腰は穏やかで柔らかく見えながらも、お客様のため、あるいは企業の信念のためとなると、決して軸を曲げずに初志貫徹する。そうした私の姿勢を言い表した言葉だったのでしょう。
この「ふんわり頑固」という一見すると相反する性質も、幼少期からの家庭環境と無縁ではありません。
穏やかさのベースにあるのは、間違いなく父の存在です。深い信仰心を持ち、「いつでもお客様には手を合わせなさい」「人のために働きなさい」と説き続けた父の背中を見て育つ中で、私はごく自然と穏やかな立ち振る舞いを身につけていきました。一方で、母は感性豊かな芸術家であり、溢れんばかりのエモーションを持っていました。
ビジネスにおいて、論理的な思考(左脳)と感情や直感(右脳)のバランスは極めて重要です。クールなロジックを大切にしながらも、その底流には熱い感情のベースがある。このバランス感覚は、真面目でストイックな父と、パワフルで感情豊かな母という二人の間で育まれた、私自身の資質だと感じています。
子供の頃の私は、頑固というよりも至って素直で、一人っ子のわりにはわがままも言わない穏やかな少年でした。しかし、高校生になり思春期を迎えると、自我が一気に目覚めていきます。
音楽の才能に溢れた伊藤銀次くんとバンドを組んだり、ラグビー部で汗を流したりと、青春を謳歌する一方で、時代の大きなうねりもまた私たちの世代を直撃しました。当時はベトナム戦争の真っ只中です。地元・大阪の近くにある空港や関連工場では航空機関連の機器の整備がされており、それを見た私たちは「自分たちも社会に対して何か行動を起こさなければならない」という強い問題意識を抱くようになりました。情熱と正義感に駆られ、仲間たちとデモに参加することもありました。
しかし、純粋な正義感や人道的な思いから始まった活動であっても、思想を極限まで突き詰めようとすると、時に社会の一線を越えそうになる危うさを孕んでいます。社会を変えようとする熱狂の中で、仲間たちが過激な活動へと引き込まれていく姿も目の当たりにしてきました。
そうした怒涛の時代の中で、私は「自分はどのような人間なのか」「どこまで踏み出すべきなのか」という重い問いを突きつけられることになります。正義感だけで突っ走るのではなく、自分の足で立ち、自分の道を選び取らなければならない。10代の終わりに経験したこの葛藤は、私に「本当の自律」とは何かを深く考えさせました。
また、当時の私にとって非常にパワフルだった両親、特に強烈な個性を放っていた母親の存在も大きな転機となりました。このまま関西にとどまっていては、両親の強い影響下に置かれたままになってしまう。自分の人生を切り拓くためには、慣れ親しんだ関西を離れなければならない――そう確信した私は、関西の大学は一切受けず、東京の大学のみを受験して慶應義塾大学へと進学する決断を下しました。
若さゆえの迷いや時代の混迷の中で、流されることなく「自分はどの道を進むのか」を自問自答し、腹を括って選択する。情熱に呑み込まれることなく、冷静に自らの足元を見つめて決断を下すというこの時期の経験こそが、のちに経営者として幾多の試練に直面した際にもブレない、私の「頑固な軸」を形成する大きな糧となったのです。


