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10/23(金)

2026年

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    ライオン入社とプロダクトマネージャー時代——大量消費時代の最前線で学んだモノづくりの原点

    #07ライオン入社とプロダクトマネージャー時代——大量消費時代の最前線で学んだモノづくりの原点

    原石からダイヤへ

     大学時代にマーケティングの面白さに魅了された私は、当初、広告を作って世の中に発信する広告代理店への進路に強い関心を抱いていました。華やかなクリエイティブの世界で腕を振るいたいという思いがあったのです。

     そうした中、恩師である村田先生に相談したところ、「本当のマーケティングを体得したいのなら、メーカーの現場で勉強しなさい」と背中を押されました。事業主・広告主という上流の立場で、自ら商品を開発し、お客様に価値を届けるプロセス全体を学ぶべきだという教えでした。こうして私は、日用品大手であるライオン(当時はライオン油脂とライオン歯磨の統合前後の時期)への入社を決めます。

     当時の日本は、まさにチェーンストアが全国に普及し、テレビをはじめとするマスメディアを通じた大規模な広告宣伝と大量生産・大量販売が結びついた「マス・マーケティングの黄金期」を迎えていました。ライオンや花王といった消費財メーカーは、アメリカからブランドマネージャー(プロダクトマネージャー=プロマネ)制度などの最先端の手法を積極的に導入し、市場を牽引する熱気に満ちあふれていたのです。

     入社後の研修を終え、最初に命じられた赴任地は大阪支店での営業職でした。新幹線に揺られて地方へと赴任していく同期たちを見送りながら、生まれ育った大阪の地で営業としての第一歩を踏み出すことになったのです。東京本社に残れなかったことを挫折と捉える向きもありそうですが、私自身は一切そんな風には感じず、むしろ最前線の現場で生のお客様や販売店と向き合う日々を大いに楽しんでいました。

     営業現場で鍛えられた後、私は本社のマーケティング部のトップの人に直訴し異動になり、プロダクトマネージャーとしての仕事を担うことになります。

     当時のライオンには「エメロン」という歴史あるメガブランドが存在していました。しかし、時代の変化とともに若い女性たちの感性は移り変わり、身近な友人たちからも「既存のブランドは少し古く感じる」といった本音を聞く機会が増えていました。時代に合わせた新しい価値を提示しなければ、お客様の心は離れてしまう――。

     そんな強い危機感と情熱から、私たちは若い世代に向けた新たなヘアケアブランド「フリー&フリー」などの立ち上げに夢中になって取り組んでいきました。当時の社内にはワープロすらなく、企画書や提案資料はすべて手書きの時代です。美大出身の広告部のメンバーらと膝を突き合わせ、夜遅くまで議論を重ねながら、手書きのレポートや企画書を何枚も作成しました。

     広告を発注する立場でありながら、商品のコンセプト立案から開発、パッケージデザイン、そして販売戦略に至るまで、モノづくりの全工程を自らの手で動かしていく。単に広告を出すだけでなく、製品を通じてお客様の生活をどう変えるのかを真剣に考える経験は、事業主サイドだからこそ味わえるマーケティングの醍醐味でした。

     時代の熱量とともに、手書きで想いを伝えたプロマネ時代の経験。そこでお客様の生の声に耳を傾け、時代が求める新しい価値をカタチにして届ける面白さを肌で知ったことが、のちに新たな事業をゼロから立ち上げていく上での大きな糧となったのです。

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