人は感情の共有を求めている——「ラグビー型経営」...
SHARE
#16「カッコいい」と「売れる」の両立——デザイナー・岡本一宣さんと追い求めた商業デザイン
岩田 彰一郎 2026/10/16
実店舗を持たないアスクルにとって、カタログはお客様との唯一の接点であり、まさに「売り場」そのものでした。だからこそ、そのデザインや見せ方には妥協のない美学とクオリティを求めました。
そのカタログ制作において、長年にわたりタッグを組んだのが、日本を代表するグラフィックデザイナーの岡本一宣さんです。
岡本さんは妥協を許さない卓越したセンスを持つプロフェッショナルですが、同時に自らの美学に強いこだわりを持つことでも知られていました。周囲からは「クライアントと喧嘩になることも多いのでは」と心配する声もありました。しかし、私たちは最初から一度も不協和音を起こすことなく、最高のパートナーシップを築くことができたのです。
なぜなら、私たち二人の間には明確な共通のゴールがあったからです。それこそが「カッコよさと売れることの両立」、すなわち本物の商業デザインの追求でした。
デザイナーの描く「カッコいいデザイン」が、必ずしも「売れるデザイン」とは限りません。文字を小さくすればスタイリッシュに見えますが、実際の購買者の中には小さな文字を読みづらいと感じる方も大勢いらっしゃいます。一方で、売ることだけを考えてガチャガチャとしたレイアウトにすれば、ブランドの品位や洗練された世界観は失われてしまいます。
では、何をもって「正しさ」を判断するのか。そこでの唯一絶対の判断基準こそが「お客様の購買データ」でした。
カタログ通販の最大の強みは、すべての商品、すべてのページにおける売上結果が数値として明確にフィードバックされる点にあります。何百万人というお客様がカタログを開き、商品を「買う」か「買わない」かという意思決定を下す。これは、お客様による日々の「投票結果」そのものです。
「このページは前年比で何個売れたのか」「なぜこの商品は狙い通りに買っていただけなかったのか」。私たちは発刊ごとにすべてのページを徹底的に検証しました。商品を単体で綺麗に撮るだけでなく、大量の在庫をずらりと積み上げて下から撮影し、「こんなに大量にあるから安いんだ」という臨場感を視覚的に伝える爆弾マークやレイアウトの工夫など、数々の試行錯誤を重ねました。
数字という客観的な事実があるからこそ、「社長の意見が正しいか」「デザイナーの美学が正しいか」という不毛な権力闘争や主観のぶつかり合いは一切起こりません。
「売上はお客様の支持率。利益は自分たちの知恵」
アスクルで社訓のように語り継がれたこの言葉通り、何百万人ものお客様が示した支持率(売上)という事実の前に、デザイナーも経営者もどこまでも謙虚にならざるを得ないのです。
「俺は日本一のデザイナーなんだから素人は口を出すな」「俺は社長なんだから言う通りに作れ」といったエゴを捨て、お客様の決断に対して二人して謙虚に頭(こうべ)を垂れる。そして「もっとわかりやすく、もっと魅力的にお届けするにはどう直すべきか」と知恵を絞り合いました。
私が大きな刺激を受けたもう一人の人物が、デザイナーの宮城壮太郎さんです。彼は60歳という若さで病のため惜しまれつつこの世を去りましたが、アスクルのロゴデザインや数々の商品デザイン、そして本社のオフィスデザインまでを手掛けてくれた、事業の深遠な理解者であり大切な仲間でした。
当時のアスクルのオフィスは、大きな倉庫を改装したものでした。宮城さんは、単に見た目が美しい空間を作るのではなく、「アスクルの事業コンセプトそのもの」を表現した内装へと昇華させてくれたのです。
その象徴が、オフィスの中心に配置された「お問い合わせセンター」でした。お客様の声が波紋のように広がっていくイメージになぞらえ、デスクが美しい円状(波紋)に配置され、その上には空間を繋ぐ橋が掛けられていました。
お客様を第一に考え、その声を中心に事業を回していく——。宮城さんがデザインという形にしてくれたオフィスの景観は、社員一人ひとりがアスクルという企業の理念と誇りを胸に刻む、最高の舞台となったのです。
20歳の時に学んだ「コンシューマー・イズ・キング」の思想は、商業デザインの現場においても変わらぬ真理でした。お客様のリアルな声とデータに謙虚に向き合い続ける姿勢こそが、「スタイリッシュでありながら、爆発的に売れる」という奇跡的なカタログを生み出し、アスクルを急成長させていく強力なエンジンとなりました。


