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「服屋は人を幸せにできる商売」――SHIPS新社長が語る、“好き”から始まった45年と「最高の普通」の哲学
ビジョナリー編集部 2025/10/07
創業50周年を迎えたセレクトショップの雄、SHIPS。その歴史と共に歩み、2024年、初の社長交代によってトップに就任したのが原裕章氏だ。18歳にアルバイトとしてキャリアをスタートし、唯一知る会社で社長にまで上り詰めた人物が見つめる「SHIPSらしさ」とは何か。「好き」という純粋な気持ちを原点に、創業者や恩師から受け継いだ哲学、そして次の50年を創るための新たな経営理念まで、その半生と未来への展望を語る。
原点はアメリカンカルチャーへの憧れ。狭き門をくぐり抜けたアルバイト時代
SHIPS一筋のキャリアだと伺いました。どのようなきっかけで入社されたのでしょうか。
もともとアメリカの音楽や映画、小説といったカルチャーが好きで、それにファッションがついてきた、という感じです。大学1年生だった1979年、18歳の時にSHIPSの前身である「ミウラ&サンズ」でアルバイトを始めたのが最初の出会いです。大学の4年間アルバイトを続け、そのまま入社したので、私のキャリアはこの会社しかありません。
当時は今と違って、直輸入の洋服を扱う店は非常に少なかった。だからこそ、希少価値の高い商品を扱うSHIPSは、少し敷居の高いお店でした。アルバイトの採用も狭き門で、そこをくぐり抜けて入れたことは、自分のプライドになりましたね。友だちに自慢できるバイト先でした。
販売の仕事というよりは、アメリカの文化に触れていたいという気持ちが強かった んです。商品の8割がインポートもので、毎日新しい物が入ってくるのが楽しくて仕方ありませんでした。物がない時代だったからこその感覚かもしれませんが、私にとっては非常に充実した楽しい世界でした。
ライバルであり仲間。音楽が繋いだセレクトショップ業界のユニークな絆
もともとは音楽関係の仕事に就きたかったそうですね。
そうなんです。大学の先輩に相談したら、「本当に好きならやめておけ。好きなものが嫌いになるぞ」と言われて。結果的に洋服の道を選びましたが、今でもDJやバンド活動をしたりと音楽との関わりは続いています。
実は、SHIPSやBEAMS、UNITED ARROWSといったセレクトショップ各社でバンドを組んでいて、毎年年末に対抗イベントを開催しているんです。今年で35年になります。
他の業界の方からは珍しいですねと言われますが、私たちセレクトショップ業界は横の繋がりが比較的強いんです。商品の仕入れ先や出店の条件といった情報を除けば、かなりオープンな関係です。ショッピングセンターに出店する際も、「あの店が出るならうちは出ない」ではなく「あそこが出るならうちも出よう 」となる。まずはお客様を一緒に集めて、そこからが競争だという考え方です。
みんなアメリカへの憧れなど、好きなものが同じところからこの商売を始めている。だから、商売の前にまず「好き」という気持ちが共通の土台としてあるのかもしれません。
「誠実さ」と「最高の普通」。恩師と社員から受け継がれたSHIPSのDNA
「好き」という価値観の他に、社長が大切にされてきたことは何でしょうか。
自分自身も、SHIPSという会社も大切にしているのは「誠実さ 」です。お客様に絶対に嘘をつかないなど、その一線は必ず守る。これは、私がアルバイトで入った時の店長であり、恩師でもある上司から徹底的に教え込まれたことです。
そしてもう一つ、キーワードとなっているのが「最高の普通 」という言葉です。 昨年、創業49年目にして初めて社長の交代となったのですが、その2年前に経営理念を刷新しました。今回は経営幹部だけで決めるのではなく、店長以上のスタッフ約120名とワークショップを開き、「お客様はSHIPSに何を求めているのか」「SHIPSが大切にすべき価値観とは」といったことを徹底的に洗い出したのです。
その中から、スタッフ自身の言葉として出てきたのが「最高の普通」でした。これはお茶の世界における千利休の「普通のことをやり続けることが一番難しい」という言葉にも通じます。お店の仕事は毎日同じことの繰り返しかもしれませんが、お客様は一人ひとり違う。その中で、常に新しく、最も素晴らしいサービスを提供し続けよう、という思いが込められています。
社長の役目はバトンを渡すこと。ボトムアップで創り上げた“次の50年”への羅針盤
なぜ、ボトムアップという手法で経営理念を刷新されたのでしょうか。
私自身も今年で65歳になり、そう長く仕事ができるわけではありません。創業者である三浦義哲(現・代表取締役会長)から50年という節目でバトンを受け、次の50年に向けて下の世代を育て、未来を創っていくのが私の役目 だと考えています。
そのために、かつての「背中を見て覚えろ」というスタイルではなく、今働いている全社員の総意をきちんと明文化して、浸透させていくことが重要だと考えました。この新しい経営理念が、次の時代への羅針盤となります。
「お客様にとっての代表は、店頭のスタッフ」。対話と現場主義が育む組織力
SHIPSの強みである、人材や組織についてはどのようにお考えですか。
商品での差別化が難しい時代だからこそ、お客様は販売員やお店の空間で過ごす時間を含めて価値を感じ、お金を払ってくださるのだと思います。
私は常々社員に話しているのですが、SHIPSの代表取締役は私ですが、お客様にとっての代表は、店頭で接客するスタッフ一人ひとり です。そのスタッフが「SHIPSの顔」なのだという責任感を持つことが何より重要です。先日も、商業施設の方々の投票で決まる「サービス教育賞」を2年連続で受賞しました。これは、現場のスタッフの質の高さを評価していただけたということで、非常に嬉しく思っています。
そのためにも、私は地方の店舗も含めて頻繁に足を運び、スタッフと食事をしながら直接対話することを心がけています。また、SHIPSでは店舗を経験せずに本社に来ることはほとんどありません。販売員としてお客様に商品を直接手渡しする「小売店」であること。それが私たちの原点であり、これからも変わらない部分です。
気分の高揚を届ける、素晴らしい仕事。服屋は人を幸せにできる商売
最後に、これからファッション業界を目指す若い世代にメッセージをお願いします。
私たちが提供したいのは、新しい服に袖を通した時の「気分の高揚 」です。新しいネクタイを締めて会社に行く時、新しいブラウスを着て出かける時、その人の一日が少しだけ特別になる。そのお手伝いをするのが私たちの役目です。
服屋は、人を幸せにできる商売だ と心から思っています。そして、自分が好きなもので人を幸せにできる、というのは本当に素晴らしい仕事です。販売員にとって一番大切な資質は、「人の幸せを自分の喜びにできる」こと。この思いに共感してくれる方々と、これからも一緒に歩んでいきたいですね。