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    “受け身”の花粉対策から脱却へ――森を変えるという選択

    “受け身”の花粉対策から脱却へ――森を変えるという選択

    日本では、国民の約4割が花粉症に悩んでいるといわれます。春の訪れは、本来希望の季節のはずでした。しかし現実には、くしゃみや鼻水、目のかゆみに苦しむ人々にとって“試練の始まり”でもあります。この構造そのものを変えようとする取り組みが、いま注目を集めています。それが「無花粉スギ」です。

    花粉症――なぜこれほど多くの人が苦しむのか

    花粉症とは、空気中に舞う花粉が体内に入ることで、免疫反応が過剰に働き、くしゃみや鼻水、鼻づまり、目のかゆみといった症状が現れるアレルギー疾患です。

    日本では、とりわけスギ花粉が主要な原因とされています。国内の森林面積の約18%をスギ人工林が占めており、春になると大量の花粉を放出し、都市部まで広範囲に飛散します。厚生労働省の調査によれば、花粉症患者のうち約7割がスギ花粉に悩まされているという事実もあります。関東や東海地方ではスギ、関西ではヒノキも加わり、北海道ではシラカンバ属の花粉が主な原因となるなど、地域ごとに様相が異なるのも特徴です。

    花粉症は単なる不快感だけでなく、日常生活そのものに大きな影響を及ぼします。仕事や学業の効率が下がり、睡眠障害や倦怠感、さらには人とのコミュニケーションにも支障をきたすことさえ珍しくありません。毎年春先に「今年もまたこの季節が来てしまった」と気分が沈みがちになる方も多いのではないでしょうか。

    これまでの花粉対策は「受け身」だった

    これまでの対策といえば、主に「症状を抑える」ことに主眼が置かれてきました。抗ヒスタミン薬や点鼻薬、点眼薬といった薬物療法が一般的で、症状が強い場合にはアレルゲン免疫療法(減感作療法)や手術療法を選ぶ方もいます。さらに、外出時のマスク着用や花粉が付きにくい服装の工夫、帰宅時のうがいや洗顔、室内の掃除や空気清浄機の活用など、日常的な「自己防衛」が欠かせません。

    しかし、こうした対策の多くは花粉をどうやって避けるか、あるいは体に入った後の症状をどうコントロールするか、という“受け身”の発想にとどまっていました。根本的な解決策――つまり「そもそも花粉を飛ばさない」というアプローチは、長らく夢のような話だったのです。

    開発の舞台裏

    そんな中、「花粉を出さないスギ」が注目されています。その名も「心晴れ不稔1号(こころばれふねんいちごう)」。花粉が出ないことで人々の心まで晴れやかになるように、という願いが込められています。

    この“夢のスギ”の誕生には、実に20年以上の月日が費やされました。きっかけは1992年、富山県の山林で偶然見つかった一本のスギ。なんと、その木は全く花粉を出さない性質を持っていたのです。この偶然の発見が、花粉症対策の新たな扉を開きました。

    東京都は2005年から本格的な研究に着手。富山県で発見された無花粉スギと、都内の優良なスギを人工交配し、600本もの苗木を山林に植えました。その後、5年ごとに成長や材質などを厳しく選抜し、600本から120本、さらに60本と絞り込む作業を繰り返し、ついに一本の「母樹」が誕生したのです。現在では、その母樹は7本まで増えています。

    「量産」という壁を乗り越えるために

    開発が軌道に乗ったとはいえ、すぐに全国のスギ林が「花粉ゼロ」になるわけではありません。最大の課題は、「どうやって大量に増やすか」という点にありました。

    従来の人工交配法では、苗木が数年成長するまで花粉を出さない性質かどうか判別できず、効率よく増やすことができませんでした。そこで導入されたのが、DNA鑑定と組織培養という最新のバイオ技術です。花粉を作らない個体から採取した未熟な種子を試験管内で培養し、遺伝子レベルで「無花粉」であるかを判定することで、わずか数か月で苗木を選別できるようになったのです。

    このイノベーションにより、東京都は民間企業と連携し、年間10万本の無花粉スギ苗木を生産する計画を進めています。まさに“森のリニューアル”が現実味を帯びてきたのです。

    「森を変える」ことで春を変える

    花粉を出さないスギの普及は、「森そのものを変える」という、これまでとは全く異なるアプローチです。多摩地域だけでも約3万ヘクタールに及ぶ人工林があり、そのすべてを一度に植え替えることはできませんが、着実な植え替えが進めば、数十年後には飛散量の大幅な減少が見込まれます。

    この取り組みは都市部だけでなく、全国各地に広がる可能性を秘めています。国有林や私有林への導入も少しずつ進められ、最終的には日本全体の「花粉少ない森づくり」へと波及することでしょう。

    花粉症に悩むすべての人へ――「心晴れ」の春が訪れる日

    花粉を出さないスギの開発には、20年以上にわたる研究者たちの粘り強い挑戦と、花粉症患者を思う誠実な願いが込められています。

    「また春が来るのか…」と憂うつだった方も、いつか「今年は少し楽かもしれない」と感じられる日が訪れるかもしれません。花粉に悩まされる季節が、少しずつ穏やかな春へと変わっていく――そんな希望を胸に、日本の森は少しずつ姿を変えています。

    #花粉症#スギ花粉#花粉対策#無花粉スギ#花粉症対策#アレルギー#春の悩み

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