「新商品デビュー」から「持続的な成長」へ。Mak...
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健康志向の時代に「太る弁当」? 「市場がない」と言われた事業が2,000食販売に至るまで
経営者必見!日本の未来を創る新興成長企業特集ビジョナリー編集部 2026/10/09
2,000食は、大きな数字ではない
太るための冷凍弁当「ふとるめし」の累計出荷数が、2,000食を突破した。
冷凍宅配食の市場において、「この数字は決して誇れる規模ではない」と製造元・LandBridge株式会社の三森代表は語る。同じカテゴリの先行企業を見れば、累計出荷数は8,000万食規模。桁にして4桁もの差がある。
それでも代表がこの「2,000」という数字を残しておきたい、とこだわるのは、その背景に「事業を立ち上げる前には、市場に存在しないとされていた人々」が確かに並んでいるからだという。
同社は、オフショア開発やAI駆動開発を本業とする設立4期目のIT企業だ。そのIT企業が2026年2月、突如として冷凍弁当の販売を開始した。しかも、世の中に溢れる「痩せるため」の弁当ではなく、「太るため」の弁当である。
構想を社内に明かした際、社員たちの反応は芳しいものではなかった。「なぜ太る弁当なのか」——痩せたい人が大半を占めるこの時代に、あえて真逆のターゲットを狙う意図が理解されなかったのも無理はない。
しかし、その「当然」を疑うことから事業は動き出した。
毎日、餅を10個食べていた学生時代の苦難
開発の原点は、代表自身の原体験にある。高校時代の体格は170センチ、52キロ。体を大きくしたい一心で、間食として毎日10個の餅を焼き、醤油をつけて食べる日々を3年間続けた。プロテインを流し込み、口にできるものはすべて詰め込んだが、体重計の針は52キロから動かなかったという。
母親は毎朝早起きし、文句ひとつ言わずに10個の餅を焼き続けてくれた。当時は当たり前のように受け止めていたが、自らが食を届ける立場となった今、その手間に込められた愛情の重さを痛感していると振り返る。
代表の弟は、180センチを超える堂々たる体格を誇るプロ野球選手だ。並んで立つたびに痛感させられる体格差。「もう少し体格に恵まれていれば、自分もあの舞台に立てたのではないか」 ――30歳を迎えた今もなお、当時の悔しさは胸の奥にくすぶり続けていた。
球場での立ち話から生まれた「太る弁当」
転機は、弟が横浜DeNAベイスターズへ移籍した年、球場で飲食事業を手がける知人と偶然再会したことだった。雑談の中で「弁当」という言葉が出た瞬間、頭にひらめいたのが「太る弁当」だったという。
世間には痩せるための商品が山のようにある一方で、太るための商品は皆無に等しい。確信と高揚感が込み上げた。「市場が存在しないのではなく、誰もそこに目を向けていないだけではないか」と。
商品化には1年を費やした。管理栄養士の監修のもと、全6メニューでタンパク質30グラム以上を確保する設計を徹底。
着目したのは、総カロリーではなく「一口あたりの密度」だった。太れない人が直面する最大の壁は、食欲ではなく「胃の容量」にある。一度に食べられる量に限界がある以上、勝負すべきは「同じ一口にどれだけの栄養を詰め込めるか」だったのだ。
用意した3つの打ち手が、すべて空振りした
満を持して2026年2月にサービスをローンチ。同社は強力な3つの打ち手を用意していた。
第1に、本業の技術力を注ぎ込んだ完成度の高い自社ECサイト。第2に、地上波テレビ番組への出演。そして第3に、スポーツ系で日本一を誇るTikTokクリエイターとのスポンサー契約。「IT企業としてできる施策はすべてやり切った」と、大きな手応えを感じていたという。
しかし、現実は甘くなかった。リリースから3か月間、注文の通知はほとんど鳴らなかったのだ。
注文が完全にゼロだったわけではない。だが想定をはるかに下回り、冷凍庫には行き場を失った200食が眠り続けた。メディアに取り上げられ、トップクリエイターに紹介され、完璧な導線を作ったにもかかわらず、ユーザーには届かない。創業以来、最も苦しい3か月間となった。
当時を振り返り、代表は 「知ってもらえば売れる」と思い込んでいたことが最大の敗因 だったと語る。実際には、認知と購買のあいだには越えなければならない見えない壁が存在していた。その構造を計測できていなかったのだ。
数字が教えてくれた真実。買っていたのは本人ではなかった
転機は6月、広告・受注・解約のデータをすべて突き合わせ、徹底的な分析を行ったことだった。本業のIT開発では日常茶飯事のデータ分析を、食品事業に対してもようやく本格的に適用したのである。
そこで浮き彫りになったのは、事前の想定を覆す3つの事実だった。 第1に、購入していたのは太りたい本人ではなく「45歳から54歳の女性」、すなわち母親層だったことだ。最も顧客獲得コスト(CPA)が低かったのは、母親に向けて「体づくりの便益」をストレートに訴求した広告で、獲得単価は数百円台を記録。一方で、「部活後の食事づくりは大変ですよね」といった共感型の広告は、クリック率こそ高いものの購入には至らなかった。 共感は関心を引くが、購買の決定打にはならない。 これは、データを見なければ決して気づけない事実だった。
第2に、訴求の転換によって獲得単価が劇的に改善したことだ。5月時点で1万8,000円を超えていたCPAは、ターゲットとメッセージを絞り込んだだけで、6月には5,000円台へ、好調時には1,000円台にまで急落した。広告予算を1円も増やすことなく、成果を何倍にも引き上げたのだ。
第3に、初期の販売設計そのものに構造的な欠陥があったことだ。当時最も解約率が高かったのは、月額9,150円の「12食プラン」だった。ユーザーはいきなり大口で契約するものの、わずか数日で離脱してしまう。解約までの日数の中央値はわずか5〜6日。「最低3か月」の継続を呼びかけていたものの、実質的には機能していなかった。
「最低3か月」より、「まず6食」を
データを受け、同社は購入のハードルを徹底的に引き下げる決断を下した。
初回から12食を課すのではなく、「まず6食」から手軽に始められるプランを新設した。お試しは1回きりの6食5,700円(送料込)、定期コースは月額5,100円に設定。試してみて必要性を感じたら食数を増やせばいい。価格の改定というよりも、「意思決定の心理的負荷を下げる」ためのアプローチだった。
あわせて、「冷凍庫から取り出して電子レンジで温めるだけ」という手軽さを徹底的に追求した。
体を大きくするための増量期は、毎日の3食に加えてさらに1〜2食を摂取し続ける過酷な作業だ。1週間なら耐えられても、3か月続けるのは容易ではない。 挫折する原因の大半は、栄養価ではなく「準備の手間」にある。 部活から帰宅した子ども自身が、親の手を煩わせずに自分で用意できること。この利便性こそが、継続率を大きく左右していたのだ。
こうした地道な改善が実を結び、定期契約は26件へと拡大。8月の月商は、約58万円に達した。メガヒットと呼ぶにはまだ遠いものの、鳴ることのなかった受注通知が毎日のように鳴り響くようになった。
代表自らが現場に足を運び生の声を集める
さらに、数字の改善と同時に代表が取り組んだのが、泥臭い現場へのアプローチだった。
野球のクラブチームや地域のスポーツ少年団、学校の部活動の練習グラウンド、さらには夏合宿の現場へも自ら足を運び、「ふとるめし」を直接持ち込んだ。
指導者にコンセプトを説き、選手たちに実食してもらい、生の声を聞く。IT企業の代表が土埃にまみれながら弁当を配る姿は、一見すると極めて非効率な営業スタイルに映る。一度の訪問で、決して大量の注文が取れるわけでもない。
それでも足を止めないのは、「管理画面のデータからは決して読み取れない真実」が、現場にあるからだという。
申し込むのは母親であっても、口にするのは選手本人だ。その選手が一口食べた瞬間、「これなら毎日いける」と顔をほころばせるかどうか。その表情にこそ、3か月継続されるかどうかの答えがある。中には「量が多すぎて完食できない」選手がいるという事実も、現場に立たなければ知り得なかった収穫だった。
さらに現場を回る中で、購入層は当初想定していた野球界にとどまらないことが判明した。バスケットボール、ラクロス、ラグビー、サッカーなど、多様な競技の選手たちから注文が舞い込み、現在では学生のみならず社会人チームへも裾野が広がっている。「太れない」という悩みは、競技の枠を軽々と越えるものだったのだ。
「市場がない」は、「誰も測っていない」のかもしれない
累計2,000食という試行錯誤の過程を通じ、代表が経営者として得た大きな学びは2つあるという。
第1に、「市場がない」という言葉の本質だ。
周囲からは幾度となく「太りたい人なんていない」と指摘された。しかし、健康診断などで異常値として警告されるのは大半が肥満(上限値)であり、痩せすぎ(下限値)は問題視されずスルーされがちだ。困りごととして公にカウントされないため、公的統計や一般の流通棚には可視化されないのである。しかし、「存在しないこと」と「測られていないこと」はまったく異なる。この2つを混同すれば、すぐ目の前に眠る確固たる市場を見落としてしまうのだ。
第2に、「自社の強みを投入すべき局面」の見極めである。
IT企業を経営していながら、当初の3か月間は自社の食品事業の数値を測定できていなかった。プロダクトの開発に没頭するあまり、分析を後回しにしていたのだ。6月に行ったデータ分析を最初の3か月で実行していれば、200食の在庫を無駄に眠らせることもなかったはずだと悔やむ。新規事業において本業の強みが最も発揮されるのは、製品そのもののクオリティ以上に「売れない理由を突き止めるスピード」にある、と同氏は語る。
もっとも、データ分析だけでここまで来られたわけではない。合宿所の体育館で選手一人ひとりに弁当を手渡す泥臭さと、広告のCPAを1,000円台まで研ぎ澄ます緻密さ。この2つは事業にとって「同じ作業の表裏」であり、どちらが欠けても2,000食の壁は越えられなかったという。
事業計画における次のマイルストーンは「月間3万食」。2,000食の実績から見れば、依然として険しい道のりだ。
しかし、かつて「太りたい人なんていない」と切り捨てられた市場の向こう側に、今や一つひとつの確かな顧客の顔が見えている。「体重は才能ではなく、日々の食事が積み上がった結果。事業もまた同じで、重ねた回数が2,000食という形になった」と代表は語る。次なる飛躍を見据え、同社は今日も新たな一食を冷凍庫へと送り出している。


