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2026

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    朝ドラ『風、薫る』が描く“看護の夜明け”――近代看護を切り拓いた大関和と鈴木雅

    朝ドラ『風、薫る』が描く“看護の夜明け”――近代看護を切り拓いた大関和と鈴木雅

    「病院で白衣の天使と呼ばれる看護師。その職業がどのように生まれたか、ご存じでしょうか?」

    2026年春、NHKの連続テレビ小説『風、薫る』が放送されます。物語は明治から大正にかけて、日本の近代看護の礎を築いた二人の女性をモデルに描かれます。彼女たちの名前は大関和(おおぜき ちか)と鈴木雅(すずき まさ)。この二人が歩んだ道には、現代の医療現場にも通じる“プロフェッショナリズム”と“社会変革”の物語が詰まっています。

    “看護”が蔑視されていた時代

    明治時代の日本では、「看護婦は身分の低い女性が金のために働く汚れ仕事」と見なされていました。家柄の良い女性が看護を志すこと自体が“恥”とされる空気が強く、社会的地位も非常に低かったのです。

    そんな逆風の中、新しい時代の扉を開いたのが大関和と鈴木雅でした。二人は専門的な教育を受け、現場で汗を流しながら、看護制度や社会的認知の確立にも力を尽くしました。彼女たちは、日本の近代看護における“ナイチンゲールの精神”を体現した存在でした。

    大関和──武家の誇りとキリスト教の博愛が交差した生涯

    大関和は下野・黒羽藩の家老の娘として生まれました。父の失職により家族は東京へ移住し、彼女は19歳で結婚しますが、夫のトラブルにより離婚し、二児を抱えて出戻ることになります。明治の東京で、女性が一人で生きていくのは並大抵のことではありませんでした。

    転機となったのは、キリスト教の牧師・植村正久との出会いでした。教会で博愛の精神に触れ、当初は武家のプライドから看護婦の道をためらうものの、「苦しむ人を助けることこそ、人としての誇り」と考え直します。こうして桜井女学校付属の看護婦養成所へ入学し、道を切り拓き始めました。

    イギリスから来日していた看護教育者アグネス・ヴェッチ(近代的な看護教育の導入に貢献した人物)から直接指導を受け、徹底した衛生管理や患者中心のケアを学びます。この“ナイチンゲール方式”の看護は、技術だけでなく、患者の尊厳を守る近代看護の精神そのものでした。

    鈴木雅──時代の荒波を生き抜いた知性と情熱

    鈴木雅は江戸時代の士族・加藤家に生まれました。父は幕臣として激動の時代を戦い抜き、彼女自身もフェリス・セミナリーや横浜共立女学校で英学を修めた、当時の女性としては先進的な教育を受けた知性あふれる女性でした。

    しかし、夫である鈴木良光が西南戦争で命を落とし、彼女は幼い子どもを抱えるシングルマザーとなります。家族を養うために、彼女は桜井女学校の看護婦養成所に入学。英語力を買われ、ヴェッチの通訳や助手も務めました。卒業後は帝国大学医科大学附属第一医院で内科の看護婦長となり、組織運営や後進の育成にも力を注ぎます。

    やがて、社会的なニーズの高まりを受けて、自ら「慈善看護婦会(後の東京看護婦会)」を設立。富裕層だけでなく、広く庶民にも看護を届けるべく、経済的弱者にも無料で看護を提供する制度を作り上げました。いわば、日本の訪問看護の先駆けとも言える存在です。

    二人がもたらした“看護革命”とは

    彼女たちが受けた看護教育は、今でこそ当たり前になった「科学的根拠に基づくケア」「衛生管理」「患者中心の看護」などが徹底していました。例えば、明治20年代に日本で赤痢が猛威を振るった際、大関和は自ら現場に赴き、衛生環境の整備や教育を徹底したことで、それまで高かった死亡率を大きく下げました。この時に培われた感染症対策の知見は、現代の医療にも通じるものがあります。

    また、鈴木雅が作った派出看護婦会は、出張看護に留まらず、看護婦の待遇改善や教育レベルの底上げ、さらには社会的な認知度向上にも寄与しました。制度化の働きかけも行い、1900年には東京府で「看護婦規則」が制定されるなど、看護という職業の基盤作りに尽力しました。

    “賤業”から“専門職”への大転換

    当時、看護は「誰でもできる仕事」と軽んじられがちでした。しかし、日清・日露戦争で日本赤十字社の看護婦が戦場で活躍し、社会の認識は急速に変化します。看護婦の働きが“国を支える重要な専門職”として評価され、若い女性たちの憧れの職業へと変わっていきます。

    この流れの背景には、大関和や鈴木雅のような“現場のプロフェッショナル”が、地道に技能と倫理を積み上げてきた歴史があります。彼女たちは“職業婦人の先駆け”と呼ばれ、日本の女性労働やジェンダー平等の流れにも大きな影響を与えました。

    二人の友情と「東京看護婦会」のドラマ

    二人は看護師養成所の同期生として出会い、互いに刺激し合う“盟友”でもありました。東京看護婦会の設立後、鈴木雅は経営を大関和に託しますが、看護婦たちの間では“和派”と“反和派”に分裂しそうになるなど、組織運営の難しさも経験しました。

    それでも、二人は互いをリスペクトし続けました。鈴木雅は経営から退いても、大関和に助言を送り続け、和もまた雅の厚意に応える形で看護師の教育や業界の健全化に邁進しました。彼女たちの間にあったのは、単なる友情やビジネスパートナーシップではなく、「看護の未来を切り拓く」という強い使命感だったのです。

    『風、薫る』が現代に問いかけるもの

    朝ドラ『風、薫る』は、困難な時代に「自分の手で社会を変える」勇気を持ち、限界を突破し続けた女性たちの物語です。彼女たちの苦悩や葛藤、そして時代を超えて生きる“プロ魂”に触れることで、「自分たちも何かを変えられるかもしれない」という前向きな気持ちを抱かせてくれるのではないでしょうか。

    現代社会では、多様性やジェンダー平等、専門職のあり方が再び問われています。大関和と鈴木雅が切り拓いた道のりは、今を生きる私たちの背中をそっと押す「希望の風」となるはずです。そんな歴史の物語を、ぜひドラマとともに味わってみてはいかがでしょうか。

    #看護師#女性の社会進出#女性リーダー#ジェンダー平等#日本の歴史#朝ドラ#風薫る#NHKドラマ

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