「人間国宝」と聞いて、どんな人物を思い浮かべるでしょうか。
能や歌舞伎の名優、精緻な焼き物や染織を生み出す匠――テレビや新聞でその名を見かけたことがある方も多いはずです。

しかし、「人間国宝とは何か？」とあらためて問われると、意外にも正確に説明できる人は多くありません。
いま、この「人間国宝」という存在が再び脚光を浴びています。

映画『国宝』の大ヒットや、約50年ぶりの制度見直しを受け、私たちの暮らしや未来にとって、人間国宝がどんな意味を持つのか――いま一度考えてみませんか。

そもそも「人間国宝」とは？

まず、「国宝」という言葉を聞くと、多くの方は歴史的な建造物や美術工芸品、刀剣など、形あるものを想像されるでしょう。実際、国が指定する「国宝」は、建築物や美術品といった“有形文化財”が中心です。

それに対して「人間国宝」とは、正式には「重要無形文化財保持者」といい、形のない“わざ”や“芸”を極めた人物に与えられる称号です。

つまり、日本の伝統芸能や工芸技術など、目に見えないけれども日本文化の核となる技術や表現を、卓越したレベルで体現している人が「人間国宝」と認められるのです。

「人間国宝」はどのように生まれたのか？

この制度は、戦後まもない1950年、「文化財保護法」の制定とともに始まりました。当時は戦災で職人や道具が失われ、技術が“途切れる寸前”の状態でした。そのような状況の中、形のない伝統技術や芸能を守り、次世代につなげるための仕組みが必要とされたのです。

実は、それ以前にも「帝室技芸員制度」という、宮内省が芸術家や工芸家を顕彰する仕組みがありました。しかし、これは皇室・国家の威信を示す色合いが強く、戦後はより広く国民の文化として伝統を守る方針に転換されました。

こうして生まれたのが「重要無形文化財」、そして「人間国宝」という仕組みです。

重要無形文化財と「人間国宝」──選ばれるのはどんな人？

では、どのような分野が「重要無形文化財」に指定されているのでしょうか。
現在、主に「芸能」と「工芸技術」の2つの大きな柱があります。

• 芸能分野：能楽、歌舞伎、文楽、日本舞踊、雅楽、琵琶、尺八など、日本の伝統音楽や演劇
• 工芸技術分野：陶芸、染織、漆芸、金工、和紙、人形、木竹工、刀剣制作など
  　

例えば、歌舞伎の女形・坂東玉三郎さんや、尺八奏者の野村峰山さん、陶芸の十四代今泉今右衛門さんなどが人間国宝に認定された例です。

「人間国宝」になるための条件

人間国宝に認められるには、単に技術が優れているだけでは足りません。

• 日本文化の歴史的・芸術的価値において極めて重要であること
• その「わざ」を高度に体得し、体現していること
• 技術や表現の正しい継承者であり、後進の育成にも尽力していること
  　

これらを総合的に評価し、国の文化庁が設置する「文化審議会」が専門家による審査を経て、文部科学大臣が認定します。

申請や推薦はできず、あくまで厳密な審査と議論の末に選ばれるのが特徴です。

「人間国宝」の定員と特典

現在、存命者の定員は116人と定められています。
認定されると、年200万円の助成金が支給され、わざの研鑽や後継者育成のための活動を支援されます。

さらにその作品や活動には“ブランド”としての価値が加わり、社会的な注目や評価も高まります。

制度の進化──「食文化」や新分野も人間国宝に？

ここで、最近大きな変化が起きていることをご存じでしょうか。
2025年、約半世紀ぶりに制度が見直され、「生活文化」として伝統的な食文化の分野も人間国宝の対象に加わることが決まりました。これには、高齢化による職人人口の減少が深刻になり、国として危機感を持ち始めたことも要因とされています。

これは、ユネスコの無形文化遺産に「和食」や「伝統的酒造り」が登録され、世界から日本の食文化が評価されるようになった時代背景があります。

• 京料理、菓子作り、手もみ製茶、伝統酒造など、これまで登録無形文化財として守られてきた分野に、今後は「人間国宝」も誕生する見通しです。
• これにより、食文化の伝承や後継者不足といった課題にも国が本格的に取り組む姿勢が明確になりました。
  　

今後、料理人や和菓子職人が「人間国宝」となる日も、そう遠くないかもしれません。

「人間国宝」が社会にもたらすもの

「人間国宝」とは、単なる“名人”や“名工”以上の存在です。
彼らは、長い年月をかけて磨き上げた技や表現を、現代に生きる“生きた文化財”として体現し、その価値を私たちに伝えてくれます。
ここで、実際の事例をいくつかご紹介しましょう。

1. 歌舞伎・坂東玉三郎さん

日本を代表する女形役者。伝統を守りつつ、現代の舞台芸術として歌舞伎を進化させ、多くの後進を育ててきました。舞台だけでなく海外公演やメディアを通じて、日本文化の魅力を世界に発信しています。

2. 陶芸・十四代 今泉今右衛門さん

色絵磁器の名手。伝統的な技法を守りながら独自の美を追求し、今や作品は世界中の美術館やコレクターからも高く評価されています。工房では多くの若い職人が学び、技術継承の拠点となっています。

3. 津軽塗技術保存会

個人だけでなく、特定の工芸技術を守る団体も「保持団体」として認定されます。津軽塗など、地域に根ざした伝統技術を守るため、地元の職人たちが連携し、後継者育成や技術普及に努めています。

どんなメリットがあるのか？──人間国宝に認定される意義

人間国宝に認定されることで得られるメリットは、名誉や助成金だけではありません。

• 社会的な信頼と評価：作品や演技そのものが“ブランド”となり、国内外からの注目度が飛躍的に高まります。
• 伝統技術の保護：国からの支援により、衰退しがちな分野にも光が当たり、技術の保存・活用が進みます。
  　

また、人間国宝は“生涯認定”です。たとえ高齢や病気で現役を退いても、その分野に人間国宝が存在すること自体が、技術継承の象徴となります。
亡くなられた後も、その功績と名声は日本文化の歴史に刻まれ続けます。

「人間国宝」の未来──私たちにできること

今後、「人間国宝」制度はますます多様化し、時代とともに進化していくでしょう。 しかし、どんなに優れた制度も、私たち一人ひとりが伝統文化に興味を持ち、その価値を理解し、応援することがなければ、真の意味での継承は実現しません。

今日からできる、伝統文化の応援

• 歌舞伎や能、文楽などの公演を観に行ってみる
• 伝統工芸品を手に取り、作り手の思いに触れてみる
• 地域の伝統行事や食文化に関心を持ち、体験してみる
  　

こうした小さなアクションの積み重ねが、「人間国宝」をはじめとする伝統文化の未来を支える力になります。まずは“身近な伝統工芸品を一つ買う”ことから始めてみませんか？

まとめ──「人間国宝」とは、私たちの誇りであり、未来への贈り物

「人間国宝」とは、日本人が長い歴史のなかで育んできた“生きた文化”を、次の時代へと確かにつなぐための仕組みです。

映画やニュースで話題になるその存在は、決して遠い世界のものではなく、私たちの暮らしや心の豊かさとも深く結びついています。

今、改めて「人間国宝とは何か」を知ることは、日本の文化と未来を考えるきっかけとなるはずです。

ぜひ皆さんも、伝統文化に触れる機会を増やし、その価値をともに守り、次世代へと伝えていきましょう。