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第175回芥川賞・直木賞発表!──受賞作『ゾンビ回収婦』と『けんぐゎい』はなぜ現代に刺さるのか
ビジョナリー編集部 2026/07/20
毎回その行方に注目が集まる芥川賞と直木賞。2026年7月15日、175回目となる選考会で新たな受賞作が発表されました。今回栄冠を手にしたのは、現代のAI社会と人の働き方を独自のユーモアで描いた芥川賞の『ゾンビ回収婦』(小砂川チト)。そして、江戸時代の「圏外」に生きた女性たちのたくましさを圧倒的な筆致で描いた直木賞の『けんぐゎい』(朝倉かすみ)です。
芥川賞と直木賞――2つの文学賞の違い
芥川賞(芥川龍之介賞)は、新しい才能を発掘することを目的とし、主に雑誌に掲載された中編や短編の純文学が対象です。純文学とは、文章表現や芸術性、思想性が重視されるジャンルのこと。人間の内面や社会の本質に深く切り込む作品が多いのが特徴です。
直木賞(直木三十五賞)は、すでに一定の実績を持つ中堅作家によるエンターテインメント性の高い大衆小説が選ばれます。候補作は単行本で刊行された長編や短編集が中心。読みやすさやストーリーの面白さ、登場人物の魅力など、物語としての完成度が問われます。
芥川賞・第175回受賞作──AIと人間の境界を描く『ゾンビ回収婦』
今回、芥川賞に輝いたのは小砂川チトの『ゾンビ回収婦』。著者は1990年生まれ、岩手県盛岡市出身。大学で心理学を学び、2022年「家庭用安心坑夫」で文壇デビューを果たした新進気鋭の作家です。
受賞作の舞台は、AIが社会の隅々にまで浸透した近未来。主人公の「わたし」は、AIに職を奪われ、夫とも心がすれ違う毎日を送っています。現実から逃れるようにVRのゾンビゲームに没頭し、そこで「掃除婦NPC(ノンプレイヤーキャラクター)」として活動を始めます。
仕事は、プレイヤーに倒されたゾンビの死骸を淡々と片付けること。誰からも褒められず、感謝もされません。しかし、その「誰にも注目されない役割」にこそ快感を覚え、次第に現実世界よりも仮想空間での歯車的な働きに心の安らぎを見いだしていきます。
この作品が刺さる理由は、現代の読者が「AIに仕事を奪われるかもしれない」という不安を日常的に感じているからです。しかも、舞台がVRゲームの中という設定。現実と非現実の狭間で、働く意味や承認欲求が歪む様子を、ときにユーモアを交えて描き、読む者を不思議な心地に誘います。
AI技術が急速に進化する2026年の今、私たちが「何のために働くのか」「自分の役割とは何か」を改めて考えさせてくれる、まさに時代の最先端をゆく純文学です。
直木賞・第175回受賞作──江戸の「圏外」に生きる女たちの逆襲『けんぐゎい』
直木賞を受賞したのは、1960年北海道生まれの朝倉かすみによる『けんぐゎい』。 著者は、これまでにも数々の文学賞に名を連ねてきた実力派。デビュー以来、時代小説から現代劇まで幅広い作風で読者を魅了してきました。
『けんぐゎい』の舞台は、江戸時代後期の文政期。主人公は、幼い頃に父を亡くし、社会の片隅で生きる姉妹。姉のふゆは、天然痘によって顔に深い痘痕(あばた)が残り、妹のりよは何かと感情が高ぶりやすい性格。姉ふゆは、師匠の養子で曲がった性癖を持つ男に襲われて懐妊するという過酷な運命に直面します。しかし、運命の女医者との出会いをきっかけに、これまで「圏外」に追いやられてきた自らの人生を見つめ直し、力強く生き抜こうと奮闘します。
この「圏外(けんぐゎい)」というタイトルには深い意味が込められています。今では電波が届かない場所を「圏外」と呼びますが、本作で描かれるのは「社会のルールや常識から外れた場所」。“普通”という枠組みに押し込められない女性たちの孤独としぶとさ、そして連帯感。江戸の古風な言葉づかいや時代の空気感を巧みに織り交ぜながら、自由闊達な女性像が鮮やかに浮かび上がります。
受賞を逃した候補作にも注目!今こそ読みたい名作たち
芥川賞の候補作
- 鈴木涼美『悪い血』:血縁や女性の身体性にまつわる呪縛を、著者ならではの冷徹かつ生々しい筆致で解剖する。
- 仁科斂『丹心』:心の奥底にある「誠実さ」や割り切れない信念のあり処を、端正な文章で静かに見つめる。
- 村司侑『ソリティアおじさんがいた頃』:職場の片隅にいた存在を通して、現代社会の虚無感や時代の変わり目をユーモラスかつ哀愁漂う視点で描く。
- 八木詠美『アンチ・グッドモーニング』:「丁寧な暮らし」や「前向きな朝」という世間の同調圧力に、独自のスパイスとユーモアでNOを突きつける。
直木賞の候補作
- 若林正恭(オードリー)『青天』:葛藤や自意識を抱えながら生きる人々の背中を、不器用ながらも温かく照らす自伝的ロードノベル。
- 凪良ゆう『多類婚姻譚』:従来の「夫婦」や「家族」の枠に囚われない、新しくも切実な人間関係の形をエモーショナルに描き出す。
- 蝉谷めぐ実『見えるか保己一』:全盲の学者・塙保己一の圧倒的な熱量と、江戸の空気感を五感に響く色鮮やかな筆致で描く歴史時代小説。
- 原田ひ香『#台所のあるところ』:食と暮らし、そして現代のSNSカルチャーが交差する場所で、人々の孤独や再生を優しくすくい取る。
終わりに
現代のAI社会に生きる孤独や不安、そして江戸時代に「圏外」とされた人々のたくましさといった、時代も舞台も異なる2つの世界。どちらの受賞作にも通底するのは「人間らしさ」への問いかけです。
「働く意味とは何か?」「普通でない自分をどう肯定するか?」
それぞれの主人公の姿は、きっと今を生きる私たちの心にも響くことでしょう。作品を通して、自分自身の“人間らしさ”や“生き方”を見つめ直すきっかけになるはずです。


