
これから日本社会を担う皆さまに
7/27(日)
2025年
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大西 洋 2025/04/29
前回は伊勢丹時代の人材育成について言及したが、伊勢丹の頃から現在に至るまで、注力しているテーマがある。それは、「アート業界を盛り上げる」ことだ。
魅力的な文化を発掘し、産業化していくという観点から、日本人デザイナーの起業や事業の創出を支援することが、私は非常に重要なテーマだと捉えている。いわゆる、インキュベーションである。
日本には、優秀なクリエイターやデザイナー、アーティストは数多く存在する。しかしその一方で、若い世代が活躍できる場やプラットフォームが十分に整備されていないのが現状だ。ファッション業界においても、約20年前に経済産業省が「東京コレクション」を世界の主要ファッション都市に並ぶ存在へ育てようという構想を掲げたが、定着には至らなかった。
伊勢丹では、伊勢丹新宿本店を、クリエイターが輝ける場を提供するべき場所であると考え、1994年「解放区」と題したプロジェクトが立ち上がった。
解放区は、新鋭デザイナーをインキュベートして世に送り出す新たな試みとしての情報発信スペースを本店1階に設け、平場でクリエイターの作品を展開し、来店されたお客さまに作品を手に取っていただくものだった。
若いデザイナーたちに発表の場を提供し、彼らの成長を支援する試みを続けた結果、一定の成果を挙げることができた。これは盟友でもある藤巻幸雄バイヤーによるものだった。
彼らの熱意と才能が光る現場を目の当たりにし、私も、本取り組みは、百貨店の新たな役割の一つであると確信するようになった。
その後、私が社長就任時に行った「伊勢丹新宿本店リモデル」においては、メンズ館リモデルの成功を、服飾雑貨(グランドフロア)、婦人フロアの大改装、リビングへと派生させ、単一の売場でなく、館全体を「世界最高のファッションミュージアム」を目指し、ファッションとアート、形の見えるものと見えないものを融合させ、ファッションを単なる小売りからアートや生活文化として捉える仕掛けを行った。
リモデルの中で、一時休止していた解放区を、常設店舗「TOKYO解放区」として復活。当時のコンセプトを引き継ぎながら、東京の旬でリアルなブランドやアーティストのクリエイションを独自の切り口で発信する取り組みも行った。
現在も、日本のクリエイターが世界に出て輝けるための挑戦を続けている。昔から行っていることとして、ファッション専門学校の文化服装学院に講師として伺わせていただき、学生たちと直接対話を重ねている。また、羽田空港内のギャラリーで作品を展示する機会も提供している。
非常に優秀な人材が多く、中でも後に「sacai」を創業し、日本を代表するデザイナーとなった阿部千登勢さんが当時参加していたことは特筆すべきだろう。
十数年前、ロンドンの百貨店で「GUCCI」「PRADA」と並んで「sacai」が出店したときは、長年応援してきた日本人デザイナーが海外のラグジュアリーブランドと肩を並べた瞬間だと、深い感慨を覚えたものである。
ただ、こうした成功例がある一方で、若い世代には大きな可能性があるにもかかわらず、多くの人材が国際舞台へ進出することができない現実がある。実際、日本の芸術大学最高峰と言われる東京藝術大学でさえ、卒業生の約半数がアート以外の業種に進んでいるという。
これは本人の選択によるものであると同時に、社会として専門性を活かす仕組みが整っていないことの現れでもある。芸術を志す学生たちが、専門職として活躍できる社会づくりが急務だと考えている。
日本のアート市場は約3,000億円規模とされているが、欧米では1兆5,000億円から2兆円規模に達するとも言われる。これだけの差があるのは、文化を支える社会の仕組みそのものに違いがあるからだ。
企業が応接室に絵を数枚飾るといった動きでは、市場に大きな影響を与えることはできない。本当に必要なのは、街角にアートがあふれ、文化が人々の生活に自然に根付いていくような社会をつくることである。そのためにも、アーティストが活躍できるプラットフォームの整備が欠かせない。
羽田空港での取り組みについても先述したが、地方創生とアート振興は、私自身が特に重視してきたテーマであり、そのような思いをきっかけに、羽田未来総合研究所を設立いただくという貴重な機会を頂戴した。
空港は「保税特区」として特別な認可を得ることができる強みをもっている。実際、羽田空港内でアートオークションを開催したところ、3時間で約30億円もの売買取引が成立し、大きな可能性を感じている。
今後も、アートフェアなどのプロモーションを積極的に展開し、アートと社会の接点を広げていく必要があると考えている。そして何より、こうしたプロジェクトを通じて若手社員たちが自らアイデアを出し、主体的に挑戦していく風土を、より一層育んでいきたいと願っている。