Diamond Visionary logo

1/12()

2026

SHARE

    ライバル会社の人材を登用した理由

    #20ライバル会社の人材を登用した理由

    原石からダイヤへ

    かつて、組織のすべてを自分自身が把握していないと気が済まない、というタイプの経営者がいました。今でも、大きな組織にはそうした風潮が根強く残っているように感じます。

    私が文化放送でラジオのデジタル化という大きな課題に取り組んでいた時のことです。当時、ニッポン放送で最も早く編成局長になったT君という優秀な人物がいました。彼は後にエイベックスやエフエム東京にも籍を置くことになるのですが、ちょうど少し時間が空いていたようでした。

    ある時、私は彼に「T君、もし今時間があるなら、うちで力を貸してくれないか」と声をかけました。すると彼は、「よろしいのですか。私はニッポン放送の出身ですよ」と少し驚いた様子です。私はこう説得しました。「どこの出身かは関係ない、大切なのは能力だよ。デジタル化を進めるにあたり、俺も専門家ではない。その分野に詳しいあなたに来てほしい」。

    さらに、「残念ながら、今の文化放送にはあなたほどの知識を持つ人はいないから来てほしいんだ」と率直にお願いしたところ、彼は「ニッポン放送出身の人間がそちらに行って、本当に大丈夫でしょうか…」と心配していました。私は「まったく関係ないから」と重ねて伝え、彼に入社してもらうことにしたのです。

    案の定、最初は社内から「なぜライバルであるニッポン放送の人間を起用するのか」と抵抗を受けました。しかし、私は「いいんだ。能力で人を選ぶのだから」と、その姿勢を貫きました。

    あるOB会の席では、先輩からこう直接言われたこともあります。「三木、君の能力は認めているし、大したものだと思っている。しかし一つだけ許せないのは、なぜニッポン放送出身の人間を呼んだんだ」と。私は、はっきりと自分の考えを伝えました。「先輩、申し訳ないですが、私にはニッポン放送とか文化放送とか、そういったことはあまり関係ないのです。大切なのは、その人に能力があるかどうか。その能力を活用するためであれば、どこの出身であろうと構いません。あくまで課せられた役目が終わるまでです」。

    世間一般では、出身母体をこれほどまでに重視するのかと、少し不思議な気持ちになったのを覚えています。しかし、そうこうしているうちに、彼が61歳になった頃、AMラジオからデジタルへの移行という大きな動きに一区切りがつきました。私は彼に伝えました。「T君、本当に申し訳ないが、君にミッションとして与えた課題は一つの区切りを迎えた。これで君との契約は終了させてもらうよ」。

    すると彼は、「当たり前ですよ。僕も最初からそのつもりでした」と、実に潔く受け入れてくれました。こうして、私は61歳になった彼との契約を終了しました。

    役員というのは、1年1年が勝負です。私が社長になる以前、役員の任期は2年でした。これでは、極端な話、何もしなくても2年間はその地位が保証されてしまいます。これほど変化の激しい時代に、2年間も安泰な身分などあっていいはずがありません。私は「役員任期は1年にする。成果がなければ交代してもらう。そのために高い報酬を得ているのだから。嫌なら辞めればいい」と宣言し、任期を1年に改めました。

    ところが、私の次の社長が「役員定年制を作りたい」と言い出したのです。私は彼に言いました。「君は何を考えているんだ。なぜ、そんなものが必要なんだ。役員定年制というのは、ポストを空けなければ組織が回らない役所や、従業員が何万人もいる大企業の話だろう。うちのような百数十人の会社に、そんな制度は必要ないじゃないか」と。

    役員に選ばれるからには、その期待に応える責任があります。1年が勝負。結果を出せなければ任期満了、結果を出し続ければ任期が延びる。それでいいはずです。「能力のある人間なら5年でも10年でもいてもらえばいいし、能力のない人間を置いておく必要はない。役員定年制などまったく意味がない」と私は強く反対しました。

    それでも彼は「どうしても導入したい」と譲りません。最終的には「社長である君に任せたのだから仕方がない。しかし、どうしても導入するならば、これはあくまで『内規』であると明記しなさい」と伝えました。「他社にも役員定年制はあるが、実際には能力に応じて柔軟に運用している。杓子定規にやるべきではない」と。

    彼が経営者である以上、最終的な判断は任せましたが、私は今でも、この役員定年制という制度は我が社には必要ないと思っています。

    #三木明博#文化放送#radiko#ラジコ#ワイドFM
    Diamond AI trial