『課長 島耕作』の作者に学ぶ、道を貫く覚悟
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#21社長は10年で辞めると決めていた
三木 明博 2025/10/21
役員は、本来1年ごとにその任を問われるべきだと私は考えています。高い報酬をいただいているのは、その重い責任を全うするためです。経営者というのは、常に業績や倫理観を問われ続ける立場にあります。しかし、どれほど優秀な人間であっても、同じ地位に長くいると、その感覚は少しずつズレてくるものです。
その点で、本田技研の創業者・本田宗一郎さんは偉大な経営者だったと思います。「息子は絶対にホンダには入れない」と公言し、それを貫きました。あれだけの会社を築きながら、です。これは一つの見識です。もちろん、だからといってトヨタのような同族経営が悪いと言っているのではありません。トヨタはトヨタで、一族で経営しながら世界的な企業へと成長させています。どちらが良い悪いという話ではなく、そのときの経営者がどう考え、会社にとっての適材適所を実現できるかどうかが重要なのです。トップの責任は、それほど重いのです。
だからこそ、トップに就いた以上は、自分は「これを成し遂げるのだ」という強い意志を持って臨まなければなりません。そして、それができなかったときは、責任を取って辞める覚悟が必要です。
私が社長を務めた文化放送は非上場の企業です。上場企業であれば、株主総会や四半期ごとの決算報告で、株主からの厳しい意見や提案に真摯に向き合わなければなりません。しかし、非上場の企業は、株主から強い突き上げがない限り、その緊張感が生まれにくい。株主と経営者の距離感や、会社にとって何が本当に大切かという議論が、どうしても甘くなりがちなのです。
社員の中には「文化放送は四谷や川口に広大な土地を持っているし、フジサンケイグループの株もある。資産があるから潰れない」と安易に考えている者もいますが、私は声を大にして言いたい。「馬鹿なことを言うな。その資産は会社のものでも、君たちのものでもない。すべて株主のものなのだ」と。土地や株があるから多少の赤字は大丈夫だ、などというのは、全くの見当違いです。そんな甘えは、決して許されません。
もちろん、株主に媚びへつらうべきだと言っているのではありません。株主と真摯に向き合い、信頼関係を築くことがトップの務めです。「ご支援いただいている以上、共にできることがあれば協力し合いましょう。しかし、できないことはできません」。そうした対話を重ね、信頼を築いていくことが何よりも大切なのです。
そして、私には「権力は必ず腐敗する」という信念があります。だからこそ、社長に就任したときから「10年で辞める」と自分の中で固く決めていました。そして、10年が経ったとき、その通りに自ら辞任を申し出ました。周りは「なぜ辞めるんだ」と驚いていましたが、「最初から決めていたことです。長く同じ地位にいれば、必ず弊害が生まれる。これは私の生き方ですから」と伝えました。創業者やオーナー会社とは違うのです。
株主との間で問題が起こると、多くの経営者は「うるさいな」と、ただ煙たがるだけです。しかし、株主から何も言われないようにする一番の方法は、単純明快です。赤字を出さないこと、それだけです。黒字を出し続けていれば、株主は文句の言いようがありません。何年も赤字を垂れ流しておいて、何か言われたら文句を言うというのは筋が通りません。
本来であれば、それだけでトップの首が飛んでもおかしくない。非上場だから、その追及が甘いだけなのです。私は社長時代、株主から様々な要望を受けましたが、できないことはできないとはっきり伝えました。その結果、私が「けしからん」とクビになるなら、それでも結構だと覚悟を決めていました。こうした綱渡りのような日々を送りながら、社長になってからあっという間に10年の歳月が流れていました。


