すべてのご縁に育てられて
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#293分で5,000枚。高島忠夫氏がラジオショッピングの“顔”になった日
三木 明博 2025/10/29
ラジオは送り手と受け手の距離が近いことが最大の特徴ですが、その特性を活かして仕掛けたのが、今や当たり前になった「ラジオショッピング」です。
今から40年以上前、私がまだ現場の制作者だった頃、子会社が手がけるラジオショッピングの成績が、どうにも芳しくありませんでした。会社から「成績を良くするために、何か良い方法はないか」と相談されたのですが、制作者としての立場から、私は「やりたくない」と答えました。しかし、これは業務命令だと押し切られてしまったのです。
私は「制作者としては反対だが、方法があるとすればこれしかない」と、一つの提案をしました。当時も今も、テレビショッピングは、タレントが大勢で「こんなに美味しい」「こんなにきれいになった」と盛り上げる手法が主流です。テレビは映像の力があるため、それでもある程度は売れます。しかし、ラジオは言葉だけです。通販会社の人間が説明するだけでは、なかなかリスナーの心は動きません。
そこで唯一の方法は、番組の「出演者」が関わることだと。リスナーは、ある程度の信頼をもって出演者の話を聴いてくれています。その人が「これは良い」「自分も欲しい」と言えば、「あの人が言うなら」と購買に繋がる可能性が高い。ただ、当然ながらそれは出演者に大きな負荷をかけることになりますし、何より所属事務所と揉めることになる。だから、私はやりたくなかったのです。
しかし、やれと言われては仕方ありません。当時、私は高島忠夫さんの番組を担当していました。意を決して高島さんご本人にご相談したところ、案の定、最初はひどく怒られました。「僕はスターだぞ。その僕に、鍋釜を売るということをやらせるのか」と。
私は必死に説得しました。「高島さん、これは物売り番組ではありません。こういう良い商品が、こういう適切な値段であるというのは、リスナーにとって有益な『生活の情報』なんです。もし高島さんが良いと思わなければ、一切構いません。本当に良いと思った時だけ、『良いな』と言ってくださればいい。良くないものを良いとか、まずいものを美味しいとか、嘘を言う必要は一切ありません」と。
それで高島さんも納得してくださり、協力していただけることになりました。私は現場のスタッフに、「売れたら、すぐにスタジオにデータを持ってこい」と指示を出しておきました。
ある時、羽毛布団を放送したところ、わずか3分か3分半の放送時間で、5,000枚以上を売り上げたのです。私はそのデータを高島さんにお見せし、「見てください! 毛布が3分で5,000枚ですよ。天下の三越でも高島屋でも、3分で5,000枚売れる販売員なんていやしませんよ」と伝えました。
ラジオというのは、テレビと違って瞬時の反響が目に見えません。しかし、自分の言葉が「5,000枚」という圧倒的な数字になって返ってきた。高島さんご自身もだんだん気分が良くなり、面白いと感じてくれるようになりました。あえて売れ行きの良い時のデータだけを持っていった甲斐がありました。
「これは面白いな」となった高島さんに、私はさらに「もしよろしければ、今週紹介する商品の選定会議にも出ていただけませんか。『これやった方がいいよ、これやめとけ』と選んでいただいて構いません」とお願いしました。すると高島さんは面白がって「じゃあ出るわ」と、会議にまで参加してくれるようになったのです。
こうしてラジオショッピングはますます好評になっていきましたが、私は「絶対に事務所と揉める」と確信していました。高島さんは当時、東宝芸能という大手事務所の所属です。案の定、事務所の常務さんが怒鳴り込んできました。「なんてことをうちの高島にやらせるんだ。これはコマーシャルじゃないか!」と。
私は想定済みでしたので、事前に高島さんに「こういう話が絶対に来るから、その時は『僕がやりたいからやってるんだ』と言ってください」とお願いしておいたのです。すると高島さんは、事務所に対して「いいんだよ。これは僕がやりたくてやってるんだ」と一喝。事務所もそれ以上、何も言えなくなりました。
勢いに乗った私たちは、さらに旅行会社と組んで、「出演者と一緒に行くツアー」という、当時としては画期的な企画を立ち上げました。
実はこの時、高島さんの奥様である寿美花代さんから、ある相談を受けていました。「忠夫さんと2人で世界中を旅行したいんだけど、あの人、飛行機嫌いで乗らないのよ。三木さん、なんとか乗せる方法はない?」と。
そこで、私たちは「高島忠夫・寿美花代夫妻と行く香港旅行」を企画したのです。高島さんは「僕、乗るの?」と案じていましたが、「奥様もご一緒ですし、飛行機はチャーターしていきますから大丈夫です」と説得しました。
募集を開始すると、申し込みが殺到し、大変なことになりました。ジャンボジェット1機分がすぐに埋まり、なんと、もう一機チャーターすることになったのです。最終的に450人か500人もの方々が集まりました。高島さんに「すごいですよ! ジャンボ満杯で、もう一機チャーターです」と伝えると、ご本人も驚きながら、ついに飛行機に乗ることを決意してくれました。
高島さんのご負担は最小限にしました。現地では、ビクトリアピークでの記念撮影と、翌日の昼食会に参加いただくだけ。あとは、高島さんご自身が泊まりたいホテルに泊まっていただき、ご自由に過ごしてもらうという条件です。高島さんが指定したのは、香港島の夜景が見渡せる海岸沿いのホテルの、一番良いスイートルーム。浴槽からもガラス張りで夜景が一望できる、最高のロケーションでした。
ビクトリアピークでの記念撮影は壮観でした。30人、40人単位の観光バスが次から次へとやってきます。高島さんご夫妻と写真を撮り、次のバスが来たらまた写真を撮る。それが何十台も続くのです。他の外国人観光客は「一体何事だ」と驚いていましたが、「日本の有名な俳優さんご夫妻で、あそこにいるのは全員、そのファンなんだ」と説明すると、また驚いていました。
翌日の昼食会は、「満漢全席(まんかんぜんせき)」です。カエルのタマやツバメの巣など、かつて皇帝が食べたという高級料理ばかり。私たちは高島さんに皇帝の衣装を、奥様には皇后の衣装をまとっていただき、レストランまで練り歩きました。高島さんもすっかり乗ってくださって。
そして、このツアーをきっかけに、高島さんはすっかり飛行機に乗れるようになりました。奥様の寿美さんからは「三木さんのおかげでね」と、本当に感謝されたものです。


