3分で5,000枚。高島忠夫氏がラジオショッピン...
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#28秋篠宮ご夫妻を前に語ったラジオの役割――東日本大震災3日目の決断
三木 明博 2025/10/28
人生で忘れられない経験の一つに、秋篠宮ご夫妻の前で講演を頼まれ、非常に困惑したことがあります。もちろん名誉なことではありましたが、私にはそのような経験がありませんでした。
東日本大震災から1、2年が経った頃、京都にある泉涌寺(せんにゅうじ)というお寺からお声がかかりました。泉涌寺は天皇家ゆかりの菩提寺と言われ、歴代の天皇陛下や皇太子殿下も毎年訪れる場所です。その泉涌寺を支える「御寺 泉涌寺を護(まも)る会」という組織があり、その有力な関係者から、年に一度の総会で講演してほしいと。
守る会の名誉総裁は秋篠宮ご夫妻であり、当日も両殿下がご臨席されると聞き、「ますます私などでは」と固辞しようとしました。しかし、当時の会長はトヨタ自動車の元社長である奥田碩(おくだ ひろし)氏。経団連の会長クラスが務める重職です。私ごときが断って奥田氏にご迷惑をかけるわけにはいかないと、最終的にお引き受けすることにしました。
テーマは「東日本大震災の時に果たしたラジオの役割」。まさに私の専門分野でしたので、「それならお話しできます」と。当日は、まず両殿下や有力関係者の皆様とお食事をご一緒し、その後、講演となりました。会場には100名か200名ほどいらっしゃったでしょうか。壇上に上がったのですが、両殿下は私の斜め後ろの席にお座りになっています。皆様の方を向いて話すため、私からは両殿下のお姿は見えません。本当に私のお話を聞いていらっしゃるのか、不安に思いながらも、40分ほどお話しさせていただきました。
私はまず、あの日のことからお話ししました。東日本大震災の時、私はちょうどこの文化放送の社屋、11階の役員会議室におりました。ネットワーク局の社長たちと会議をしている最中に、あの大きな揺れに襲われ、目の前のビルが斜めに揺れているのを見て、「これは大変なことが起きた」と直感しました。
数週間後、私は仙台や岩手の放送局を陣中見舞いに訪れました。特に仙台の東北放送さんを訪ねた際、郊外の閖上(ゆりあげ)地区の惨状には言葉を失いました。海岸近くの松林はなくなり、そこに広がっていたはずの住宅街は、ほとんど形もありません。車が逆さまになり、ここで数百人の方が亡くなったと聞き、言葉が出ないほどの状況でした。
講演でお伝えしたのは、ここからです。震災直後、テレビもラジオも新聞も、あらゆる報道機関が震災の状況を伝えました。特にテレビは、津波が家を飲み込む映像を24時間流し続け、その悲惨な状況を伝えるという重要な役割を果たしていました。
しかし私は、震災から3日目だったと思いますが、現場に「普通の放送に戻せ」と指示を出しました。現場からは「それでいいんですか」と戸惑いの声が上がりましたが、私は「いいんだ」と伝えました。
メディアには、それぞれ異なる役割があります。新聞やテレビは、その取材力と情報量で、災害の状況や悲惨さを伝えることが重要な仕事です。しかし、ラジオは音声しかなく、映像のようにすべてを伝えきることは難しい。むしろラジオの役割は、被災された方々に「日常」を取り戻してもらい、心の安定を得ていただくことにある、と考えたのです。
9時になれば、いつもの懐かしいあの声が聞こえてくる。午後1時になれば、いつものパーソナリティが便りを読んでくれる。その日常と同じことの繰り返しこそが、心の平静さを取り戻すきっかけになると。
私は音楽もかけて良いと許可しました。「笑ってもいいですか?」と聞かれましたが、「番組の流れの中で自然に出る笑いなら構わない。バカ笑いをするのではなく、なるべく普段の放送と同じ形でやれ」と。もちろん、災害の状況や救援物資、復旧の情報を間に入れることは必要ですが、番組の基調は、普段通りのワイド番組でいい。現場は「本当にそれでいいのか」という面持ちでしたが、誰も決断できない中、これは社長である私の役割だと考え、決断しました。
私は、この話を講演でさせていただきました。メディアにはそれぞれが持つ特性と役割があり、皆が同じ方向を向く必要はない。平時から、そのメディアの特徴を生かした自分たちのやるべきことを意識しておくべきだと、私はこの時強く思ったのです。
後日、こんな話を聞きました。ある放送局が、被災した幼稚園の園児たちが歌う歌を流したところ、それを聞いた被災者の方が「本当に心が救われた」「子供たちの明るい声を聞いて、頑張ろうという気になった」と涙を流された。それを聞き、やはりラジオの役割をふまえた私の判断は正しかったのだと確信しました。
大変な時だからこそ、少しでも前を向ける力になる。それがラジオの役割だと、今でも思っています。ラジオは、送り手と受け手の距離が近いメディアです。リスナーは「何時からはこの番組」という習慣を持っており、いつもの声が聞こえてくることに安心感を覚える。その特性を、私たちは大切にしなければならないと考えています。


