道草のススメ――変化の時代を生き抜くための“寄り...
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#24日本を通り過ぎていく若者たち――これからの社会はどこへ向かうのか
三木 明博 2025/10/24
先日、ある地方の進学校を卒業した60代の知人から、最近の若者の価値観について深く考えさせられる話を聞きました。その学校は、毎年十数名が東京大学に合格するほどの、県内でも有数の名門校だそうです。
しかし、驚いたことに、今やその学校のトップ層の生徒たちは、もはや東大や京大といった日本の難関大学を目指していないというのです。彼らが最初から見据えているのは、アメリカの大学への進学でした。そして、そのまま海外で学び、キャリアを築くことを考えている。つまり、日本には帰ってこない選択をする若者が増えているというのです。
この話を聞いて、私は大きな衝撃を受けました。私たちの世代が若かった頃は、1ドルが360円の固定相場制で、海外に持ち出せる外貨も制限されていました。留学は、ごく一部の優秀な学生が奨学金を得てようやく実現できる、まさに夢のまた夢でした。現代の若者が、生まれたときから海外を当たり前の選択肢として捉えていることに、隔世の感を禁じ得ません。
別の機会に、ある若者にこの話をしたところ、さらに興味深い視点を聞かせてくれました。インターネットが当たり前の彼らにとって、国境という概念そのものが希薄なのだそうです。日本を離れることに特別な感傷はなく、自らの夢を実現するために最も合理的で、環境が整った場所を選ぶ。それがたまたま海外である、という極めて自然な感覚なのです。
私たちの時代は、たとえ海外の大学を卒業したり、企業留学を経験したりしても、そこで得た知識や経験を日本に持ち帰り、自国のために活かすことが一つの使命だと考えられていました。しかし、今の若い世代には、そうした「日本への恩返し」という発想自体が、もはや共有されていないのかもしれません。
この話を裏付けるような、ある小説の一節を思い出しました。『限界国家』(楡周平著・双葉社刊)という作品だったと記憶していますが、作中で、ある年配の成功者が若者たちにこう問いかける場面があります。
「君たちのような考え方では、日本が滅びてしまうではないか。日本の文化も、伝統も、言語も、すべてなくなっていいと言うのか」
すると、若者は静かにこう言い返します。
「その国を作ったのは、あなたたちの世代ではありませんか。私たちは、たまたまその国に生まれただけです。歴史を振り返れば、言語や文化、あるいは民族そのものが消滅した例など、数えきれないほどあるじゃないですか」
日本という国が将来どうなるかということに対して、彼らは驚くほど執着がない。小説の中の会話ですが、現実の若者の姿と重なって見えました。
私のような世代は、海外で得た貴重な経験は、最終的に自国や社会に還元すべきだと考えがちです。しかし、そうした価値観を持たない世代がこれからの日本を担っていくとき、私たちの社会は一体どのような姿になっているのでしょうか。彼らが描く未来図に、一抹の寂しさと、抗いがたい時代の変化を感じずにはいられません。


