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2025

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    『課長 島耕作』の作者に学ぶ、道を貫く覚悟

    #22『課長 島耕作』の作者に学ぶ、道を貫く覚悟

    原石からダイヤへ

    私の大学の同級生に、『課長 島耕作』の作者・弘兼憲史君がいます。彼は、「断捨離、断捨離」とよく口にします。「いらないものはどんどん捨てましょう」と。そんな彼が、吉祥寺の井の頭公園にほど近い土地に家を建てたときの話です。

    表札に小さく「弘兼」とあるだけで、外から見れば美術館か図書館のように立派なその家は、もともと一人の地主さんが所有していた土地でした。その地主さんが「この広い土地を分割せずに、そのままの形で残したい」と、土地をまとめて買ってくれる人を探していたのだそうです。

    そのような中、弘兼君に声がかかり、彼が周りの人に「どうしようか」と相談すると、誰もが「買った方がいい。今どき都内で500坪のまとまった土地なんて、まず出てこない」と背中を押したと言います。彼はその言葉通りに購入を決断し、前の持ち主が大切にしていた大きな庭石や大樹をそのまま残した、素晴らしい邸宅を建てました。

    その後、私も友人たちと「弘兼の家へ豪邸見物に行こう」と押しかけたのですが、いくつもの部屋があるその家は、まさに圧巻でした。奥様は、『東京ラブストーリー』の作者である柴門ふみさん。ご夫婦ともに物書きだからこそ、気が合ったのでしょう。それぞれがスタッフを抱え、別々の作業場で仕事に打ち込んでいらっしゃいました。その日は、柴門さんが庭で育てたハーブを使った手料理を振る舞ってくださいました。

    しばらくすると弘兼君が、「これ食べたら、さっさと飲みに行こうや。うちのかみさんも仕事があるから」と言い出し、私たちは吉祥寺の飲み屋街に繰り出しました。すっかり酔いが回り、ヘロヘロになって彼の家に戻って「じゃあ、もう一杯」となったとき、私が何かの拍子によろけて、庭の方へドーンと倒れ込んでしまったのです。どうやら網戸に寄りかかってしまったらしく、「家を壊さないでくれよ」と笑われたのは、今となってはいい思い出です。

    彼は山口県の出身で、大学卒業後、松下電器(現・パナソニック)の宣伝部というエリート部署に配属されたにもかかわらず、「やっぱり漫画家になりたい」と、わずか数年で会社を辞めてしまったのです。そのときの同期が、かの有名な『課長 島耕作』のモデルになった人物です。

    そのモデルになった友人が、松下の子会社だったテイチクエンタテインメントに出向してきた際、弘兼君から「あいつは電器屋だから芸能界のことは全然知らない。いろいろ教えてやってくれ」と頼まれ、一緒に遊んだり、業界の話をしたりしました。彼とは今でも仲良く付き合っています。

    裸一貫で上京し、大企業を辞めるという大きな決断を経て、自らの力であれだけの成功を収めた弘兼君。私は彼のことを心から尊敬しています。彼のことを羨む人もいますが、友人にこういう人間がいることを、誇りに思うべきだと思います。

    ただ面白いことに、その才能を最初から誰もが見抜いていたわけではありません。小学館の元副社長である白井勝也さんという方が、こんな話をしてくれました。「弘兼先生が漫画家になりたいと、最初に作品を持ち込んできたのが私のところだったんです。でも私は、『絵はうまいけど、あなたは松下電器という立派な会社にいるのだから、漫画は趣味で描いた方がいい』と言って、突っぱねてしまった。あのとき、彼の才能を見抜けなかった」と。

    後日、そのときに彼が描いたという素人時代の作品をまとめた単行本を見ましたが、確かに面白い。確か時代劇風の内容だったと思いますが、才能の片鱗が感じられた事を憶えています。

    芸能界もコンテンツビジネスも、みな同じです。何が当たるかなんて、誰にも分かりません。だからこそ、人の真似をして後を追いかけても、トップにはなれないのです。弘兼君のように、自分が本当にやりたいことを見つけたら、たとえ保証された未来を投げうってでも、その想いを貫き通す。それしか、道はないのだと思います。

    #三木明博#文化放送#radiko#ラジコ#ワイドFM
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