時代の変化とともに経営者も変わらねばならない
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#18ずっと見てきた氷川きよしさんの成長
三木 明博 2025/10/18
私自身はもともと報道の人間でしたので、音楽関係にはそれほど詳しくありませんでした。しかし、音楽の権利ビジネスは放送局にとって重要なビジネスモデルの一つです。 文化放送の音楽出版社であるセントラルミュージック(JCM)も、古くからこの事業を手掛けており、1万数千曲という楽曲の権利を所有しています。もちろん、すべてがヒット曲ではなく、誰も知らないような曲も含まれています。
そんな音楽ビジネスの現場で、歌手の氷川きよしさんとは、不思議な縁でつながっています。
彼がデビューするきっかけとなったのは、文化放送が開催していた新人オーディションでした。当時、私は編成局長として、作曲家や作詞家の先生方と並んで審査員席に座っていました。時代は女性アイドル全盛期で、「男性の歌手なんて売れるわけがない」「男なんかダメだ、女性しか選ばない」というのが業界の常識でした。
そんな中、一人の高校生が福岡からやってきました。まだ16歳。詰襟の学生服のまま、「演歌・歌謡曲が本当に好きで、ずっと歌い続けているんです」と話し、一心に歌い出しました。
その年のグランプリは、のちに「紫艶(しえん)」という芸名でデビューした女の子でした。 その審査の場で、先生方の間では彼のことがしきりに話題に上ったのです。「あの男の子、声はすごいね」「でも今、男性歌手なんて全然売れないよな」と言いつつも、「あの声だけはなかなかいい」と。議論の末、「何かの形で賞をあげておいてもいいんじゃないか」ということになり、急遽「審査員特別賞」を設けて、彼を表彰することになったのです。
彼はすぐにでもデビューしたいと言っていましたが、ご両親も私たちも「高校だけはちゃんと卒業してから来なさい」と説得しました。そして、高校を卒業して上京したものの、何のあてもありません。そこで、作曲家の水森英夫先生が「俺が預かってもいいよ」と言ってくださり、先生のもとで面倒を見てもらうことになりました。ただ、それだけでは生活できないので、飲食店などでアルバイトをしていたそうです。
当時の彼はそんな境遇でしたが、目立っていたので結構人気はありました。それでも東京での一人暮らしは寂しかったのでしょう。当時四谷にあった文化放送の中のJCMに、よく顔を見せていました。私は「おお、来たか」と声をかけ、よく食事に連れて行ったものです。スタッフには「売れてからじゃ恩着せがましいけど、今のうちに美味しいものをご馳走しておけば100倍ぐらいの価値になるからさ」などと、よく冗談を言っていました。
そこから何年かして、彼はデビューしました。私は彼が16歳の頃から知っていることになります。2025年現在、彼は48歳ですから、もう30年以上の付き合いです。まさか、あそこまでビッグになるとは思ってもみませんでした。
デビューしたのは、22か23歳の頃だったと思います。その当時、JCMの社長だった私のところに、完成したデビュー曲が持ち込まれました。毎週、社内で試聴会を開いていたのです。それが、かの「箱根八里の半次郎」でした。正直、私はびっくりしました。20代前半の若者が股旅演歌を歌うなんて、「こんなの売れるのかな、本当に大丈夫か?」と。
しかし、担当ディレクターは熱っぽく語りました。「今、男性の演歌歌手なんて、世間は女性アイドル全盛期で誰も見向きもしません。こんな状況で普通の曲を出したって、空振り三振か、当たってもポテンヒットがいいところです。この曲は当たるか外れるか分からないけれど、一か八か、誰もやらないことをやらなければダメだ」。
さらに彼は、「私は長年この商売をしていて、全国のカラオケ店を見てきましたが、人が歌っている歌なんて誰も聞いていません。ところが、誰かが股旅演歌を歌い出すと、みんなが振り向いて耳を傾けるんです。日本人には、股旅演歌に惹かれるDNAのようなものがあるんですよ。だから、この曲は全くの三振に終わるかもしれないけれど、ひょっとしたらホームランになる可能性もある。これくらい思い切ったことをやらないと、世間は注目してくれません」と続けました。その説得で、この曲でのデビューが決まったのです。
プロモーションビデオを見ても、彼は立ち回りなんてやったことのない素人ですから、動きはぎこちない。「こんなビデオで大丈夫か」と心配しましたが、いざ発売されると、あれよあれよという間に売れていきました。「すごいな」と思いましたし、今となっては、「あの曲でよかったんだ」と結果論として思います。当時、あれが当たると予想していた人はほとんどいなかったでしょう。私も半信半疑でしたが、「やだねったら、やだね~」というフレーズは確かに耳に残りました。
その後、彼が現在のスタイルをカミングアウトした時、周りは「そんなことをしたら女性ファンが離れてしまうんじゃないか」と心配しました。しかし予想に反して、彼のファンは離れなかったのです。離れていった人もいるかもしれませんが、むしろ新しいファンがどんどん増えて、今では若いファンも増えています。ファンの方々に言わせれば、「きよし君自身が好きなんだから、彼がどういうスタイルだろうと関係ない」とのこと。「他の男性がああいう格好をしたら気持ち悪いかもしれないけど、彼は見た目が綺麗だから許せる」と、全く気にしていないそうです。とにかく「きよしが好き」ということなのです。
先日、渋谷のLINE CUBE(旧・渋谷公会堂)でのコンサートを久しぶりに見に行きました。もちろん超満員でしたが、客層に若い女性が明らかに増えていました。昔は年配の方がほとんどだったのですが。年配のファンの方々も、「限界突破×サバイバー」のようなアップテンポの曲では、昔はただポカーンと座っているだけだったのが、今では立ち上がって一緒に盛り上がっているのです。もちろん、少しリズムがずれたりもしますが。新しいファン層ができてきたようで、本人ともLINEでやりとりしているのですが、「すごい成長を感じるよ」と伝えました。
写真提供:KIIZNA OFFICE


