異例のごぼう抜き人事
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#13出演者とスタッフの一体感を生んだ『伊東四朗のあっぱれ土曜ワイド』
三木 明博 2025/10/13
前回お話ししたように、私が高島忠夫さんに「電車に乗ってください」とお願いしたのも、自身とは違う世界の人たちのことを知ってほしい、そうした思いがあってのことでした。
この姿勢は、伊東四朗さんとお仕事をするうえでも一貫していました。「ここはこうしてください」「それは違います」と、言うべきことははっきりと伝える。もちろん、それはディレクターとして偉そうに指示するのではありません。あくまで番組のため、ひいてはリスナーのために「こうしてほしい」というお願いであり、意見なのです。
一番いけないのは、出演者に「どうぞご自由に」とすべてを委ねてしまうことです。一見、相手を尊重しているように見えますが、それは作り手としての責任を放棄しているに過ぎません。それでは、その人から新しい魅力が引き出されることは決してないのです。
伊東四朗さんと初めて番組をご一緒したのは、『伊東四朗のあっぱれ土曜ワイド』という、土曜の朝9時から4時間の生放送でした。しかし、私が伊東さんの起用を提案すると、社内から猛烈な反対を受けました。「なぜ伊東四朗なんだ。声は良くないし、言葉数も少ない。顔も怖いし」…と、散々な言われようでした。
それでも私は、自分の目に狂いはないと信じていました。てんぷくトリオの3人の中で、一番笑いのセンスがあり、頭の良い人は伊東さんだと確信していたからです。3人でいると控えめに見えますが、最後に発するひと言が、最も面白い。この人の知性とセンスをラジオで引き出したい、だから起用したいんだ、と強く主張しました。
「お前がそこまで言うなら」ということで番組は始まりましたが、肝心の伊東さんはデモ番組を制作する時から、必要な事以外はほとんど口を利かず、収録が終わるとさっと帰ってしまうのです。私は戸惑いましたが、彼は照れ屋なんだろうと思っていました。
そんなある日、伊東さんがぽつりと本音を漏らされました。「三木さん、俺は、実はラジオが怖いんだ」と。「俺は役者だから、『こういう役をやってください』と言われれば、電線マンでも何でもやる。でも、『伊東さんどうぞ』と自由に喋らされると、どうしても素の自分、伊藤輝男が出てきてしまう。生身の皮を一枚一枚剥がされるようで、それが怖いんだ」と。「だから、トリオで3人でラジオに出たことはあるけど、1人では絶対やらない。怖いから」と言っていたのに、所属事務所がオファーを受けてしまったらしいのです。
その告白を聞いた時、「私の仕事はこれだ」と直感しました。役者・伊東四朗のことは誰もが知っています。しかし、この番組では、人間・伊藤輝男の魅力をどれだけ引き出せるか。それが私と伊東さんとの勝負だ、と覚悟を決めました。
私もいろいろと言いましたが、伊東さんも心を開いてくれて、1年ほど経った頃には奥様とも親しくなりました。すると奥様が、私にこうおっしゃったのです。「主人はいろいろな仕事をしていますが、三木さんとやっているラジオ番組がいちばん好きなんです。あれがいちばん、主人らしいから」。その言葉を聞いた瞬間、私は内心「勝った」と思いました。一番身近な方が「伊東さんらしさがいちばん出ている」と認めてくださった。これでこの番組は絶対に当たると確信し、その通り、人気の長寿番組へと成長していきました。
伊東さんとの関係が深まるにつれ、素晴らしい変化が起きました。毎年夏になると、伊東さんが八ヶ岳や千葉の別荘に、番組スタッフ全員を招待してくださるようになったのです。それも、私だけでなく、オペレーターから、若い技術スタッフ、ドライバーまで、何十人もの人間です。みんなで伊東さんのお宅に泊まり込み、大騒ぎするのです。
伊東さんご自身もそれを楽しみにしてくださり、普段は接点のないスタッフまで、みんなが伊東さんの大ファンになっていきました。その一体感が、番組の力になっていったのです。
あるとき、某テレビ局のディレクターに「なぜ文化放送とだけ、あんなに親しく付き合うんですか」と訊かれた伊東さんは、「三木さんたちとは垣根がないから、自分が楽しいからそうしているだけだよ」と答えたそうです。
今でも伊東さんは「三木さん!」と声をかけてくれます。番組がうまくいくときというのは、バラエティであろうとニュースであろうと、出演者とスタッフの間に一体感が生まれ、みんなが同じ方向を向いた時です。そのチームワークを作り上げることこそ、プロデューサーやディレクターの本当の仕事だと私は思います。スタジオでミキサーをチェックすることだけが仕事ではないのです。


