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2026

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    「経験」の延長線上に未来はない――「形式知」が導いた30年赤字企業のV字回復

    #10「経験」の延長線上に未来はない――「形式知」が導いた30年赤字企業のV字回復

    原石からダイヤへ

    前回、私が経営目標として掲げてきた第一の柱として、「継続的利益のある成長」を挙げました。そして、それと同じくらい重要視してきたもう一つの柱があります。それは、「素晴らしい職場環境の創設」です。

    おそらく40年、50年前の日本企業で、本気で「素晴らしい職場環境を作る」と語る会社は一つもなかったでしょう。当時は、とにかく売上を上げ、利益を上げることだけが至上命題でした。

    しかし、長くアメリカのグローバル企業に身を置いてきた私は、社員が「Fun to work(楽しんで働ける)」、そして「わくわくして働ける」環境を作ることこそが、経営の根幹だと考えてきました。そうでなければ、良い人材は長く勤務してくれませんし、会社の評判も決して良くはならないからです。

    この「利益ある成長」と「素晴らしい職場環境」は、一見すると関係ないように思われるかもしれません。しかし、この2つは強力な相互関係にあります。素晴らしい職場環境が、良い人材の活躍を促し、その活躍が結果として「継続的利益のある成長」に直結するのです。私はこの20年間、この2つを両立させることに注力してきましたが、それは正しかったと実感しています。

    アメリカには「Great Place to Work Institute」という機関が存在します。これは、働くのに最高の環境(Great Place to Work)を研究する機関で、売上や利益といった尺度だけでなく、何十もの項目で企業を評価し、スコアリングしています。それほどまでに、「働く環境」は重要な経営課題なのです。

    こうした目標を達成するため、私はグローバル企業の手法を経営の中核に据えてきました。その一つが「OGSM」と呼ばれる管理手法です。これはもともと、Vision(ビジョン)、Objective(目的)、Goal(目標)、Strategy(戦略)、Tactics(戦術)、Measurement(測定)の頭文字をとった「VOGSTM」が原型ですが、長すぎるため、外資系企業では「OGSM」という3文字や4文字の略称で呼ばれるのが一般的です。

    P&Gなども採用しているこの手法を、私がいたジョンソン・エンド・ジョンソンやレブロンでは社員全員が知っていました。この手法の最大の強みは、アメリカ本社のCEOから、遠く離れた日本法人の新入社員まで、全社員が「全く同じ1枚のフォーマット」で管理されている点です。もちろん、立場によってビジョンや目標の内容は異なりますが、会社全体が同じツール、同じ思考法で貫かれているのです。

    そして、もう一つの重要な手法が、「暗黙知」と「形式知」の両輪を回すことです。これは、日本のマーケティングの権威である野中郁次郎先生が提唱されている概念です。

    「暗黙知」とは、個々のビジネスマンが体験から学んできた、文章化しにくい「経験値」のことです。一方、「形式知」とは、マイケル・ポーターやジョン・コッターなどが提唱する、ロジックとして証明された「理論」を指します。

    日本の多くの会社、特に私が顧問をしているような日本の会社は、残念ながらこの「暗黙知」が中心です。売上1,000億円規模の企業のトップでさえ、研修で話す内容は今までの「経験値」がほとんど。「マイケル・ポーターの理論を経営に活かすべきだ」といった「形式知」に基づく話は、10年以上顧問を務める中でも聞いたことがありません。

    日本の研修でしばしば用いられる「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」は、その典型的な例です。しかし、先輩の過去の経験を受け継ぐだけでは、そこにイノベーションは起こりません。経験は重要ですが、経験の延長線上には、イノベーションは生まれないのです。アメリカの企業が、現場の経験と同じくらいロジックを重視し、まるでビジネススクールのように理論を学んでいたのとは対照的です。

    私はこの「形式知」を、実際の経営で徹底的に活用してきました。例えば、私がレブロンの社長に就任した当時、我々の製品を扱う小売店は全国に2,400店舗もありました。

    その時、私はマイケル・ポーターの「差別化・集中化」という「形式知」に基づき、ある戦略を実行しました。それは、2,400店舗の中で、我々の理想とする売り場であり、かつ業界のリーダーであった「ソニープラザ」(当時わずか80店舗)に狙いを定めることでした。

    普通の経営者であれば、2,400店舗の中から500店舗や600店舗に絞り込むことでしょう。しかし、それでは「形式知」の理論は通用しません。それは単なる「平均的」なアクションです。私はあえて、たった80店舗に経営資源を「集中」させ、他社には真似できない「差別化」されたマーケティングサポートを徹底的に投下しました。

    これは非常に勇気のいる決断でした。しかし、結果は明らかでした。リーダーであるソニープラザが我々の戦略に乗ると、「ソニープラザがやっているなら」と、他の何百ものフォロワーたち(他の第2、第3、第4の小売店)が追随してきたのです。これはまさに「形式知」が「暗黙知(経験則)」に勝利した瞬間でした。

    私の理屈は明快です。「平均的な発想、標準的なアクションからは成功は絶対生まれない」。100人中90人がやっていることを真面目にやったところで、平凡な結果しか出ません。特に、30年の赤字という重荷を背負っていたレブロンには、平凡なことをしている余裕などなかったのです。だからこそ、私はあえて極端とも言える「差別化」と「集中化」を選択しました。

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