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2026

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    「公式は暗記するな、自分で作れ」——本質を射抜く数学的思考と、機械工学を選んだ「現実感」

    #05「公式は暗記するな、自分で作れ」——本質を射抜く数学的思考と、機械工学を選んだ「現実感」

    原石からダイヤへ

     私は「なぜそこまで論理や事実にこだわるのか」と問われることがあります。その根底にあるのは間違いなく、少年時代から没頭した数学の思考回路です。算数や数学は、答えが一つであり、理屈が通れば必ずそこに辿り着ける。そのプロセスが、私にとっては最高に面白い「遊び」でした。

     よく「公式を覚えるのが得意だったのですか」と聞かれますが、実はその逆です。私は公式を暗記するのが大嫌いでした。暗記に頼ると、プラスとマイナスを入れ違えたり、適用する場面を間違えたりするリスクがあります。だから私は、公式そのものを自分で導き出すようにしていました。原理原則から積み上げて公式を作ってしまえば、間違いようがありません。この「型にはめるのではなく、自ら道筋を作る」という姿勢は、現在の経営判断にも色濃く反映されています。

     私のこうした「へそ曲がり」な本質主義は、高校進学の際にも現れました。当時、学校の先生は成績の良い生徒に隣町の進学校を強く勧めていました。しかし、私はどうしても納得がいかなかった。「何のためにわざわざ遠くの進学校に行く必要があるのですか。試験にさえ受かれば、どこの高校にいても同じ大学に行けるはずでしょう」と反論し、結局、地元の兵庫県立三木高等学校を選びました。

     周囲の「できる子」たちが次々と進学校へ流れる中、私は「場所は関係ない、自分がどうやるかだ」と確信していました。実際、高校時代には独学で大学レベルの『解析概論』までやり遂げましたし、東大入試の数学でも、ほとんど時間を残して満点に近い手応えを得ることができました。進学校という「ブランド」に頼らずとも、本質をつかめば結果はついてくる。それを身をもって証明したかったのかもしれません。

     当初は数学者を目指して東大の理科一類に入学しましたが、そこで一つの現実に直面しました。当時の大学紛争の余波もあり、純粋理学の世界で生きることの厳しさを知ったのです。どんなに優秀な物理学者や数学者でも、時代の潮流やポストに恵まれなければ、その才能を活かす場を失ってしまう。一方で、世の中を動かしているのは法学部出身の文系エリートたちであるという事実も、当時の私には鮮烈なショックでした。

     「数学の美しさだけでは生きていけない。産業界で最も汎用性が高く、自分の腕一本で生きていける道は何か」——そう考えて選んだのが、機械工学でした。いわゆる「潰しが利く」分野であり、システム工学的な視点を持てば、どんな複雑なプラントも制御できる。数学的な論理性を、実社会という複雑な系の中でどう具体化するか。私の関心は「理論」から「実学」へと移っていきました。

     この数学的・システム的な考え方は、私が長年社員に説き続けている「実行計画書」の思想に繋がっています。多くの人は問題が起きると、目の前の現象だけを見て「モグラ叩き」のような対応に終始してしまいます。それでは大事なことを見落とします。

     事業環境、競合の動き、自社の強みと弱み。それらすべてを徹底的に書き出し、網羅的に整理して、初めて「次の一手」が見えてくる。仕事とは、分からないことを一つひとつ潰し、点と点を論理的に繋いでいく作業です。先日、香港から来たある経営者が「日覺さんの言う通りに実行計画書を作って整理したら、本当に事業が上手くいきました」と報告してくれました。十数年言い続けてきたことが、ようやく一人のプロフェッショナルに深く届いたと感じ、これほど嬉しいことはありませんでした。

     私が自由に考え、無鉄砲とも言える挑戦を続けられたのは、やはり両親の存在があったからです。東大受験の時も、父と母は「頑張れ」とプレッシャーをかけることはありませんでした。ただ、前にも申し上げた通り、母はお地蔵様に百度参りをしてくれていたそうです。

     言葉で指示するのではなく、黙って陰で支える。その深い信頼があったからこそ、私は「自分で決めた以上、絶対に結果を出す」という強い責任感を持つことができました。三木の土壌で育まれたこの「自律の精神」が、私の経営者としての背骨となっているのです。

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