「媚びない」お客様第一主義——購買代理人としての...
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#18「陰陽師の術」が宿すネーミングの力——言葉で現実を変え、社会最適を拓く
岩田 彰一郎 2026/10/18
世の中にない新しいビジネスを立ち上げ、定着させていくプロセスにおいて、私が密かに、しかし極めて重要視してきた手法があります。それが「陰陽師(おんみょうじ)の術」です。
平安時代の安倍晴明(あべのせいめい)に代表される陰陽師は、呪文や言葉(名付けること)という「術」を用いて、目に見えない無意識領域に働きかけ、現実の世界を動かしていました。ビジネスにおいても、ネーミングや言葉の定義を一新することは、概念に命を吹き込み、人々の意識と行動を根本から変える、強力な魔法となり得るのです。
この言葉の力を最初に実感したのは、ライオン時代に「フリー&フリー」というシャンプーの新ブランドを手がけた時でした。名前を与えられた瞬間から、そのプロダクトがまるで意思を持った生き物のように生き生きと動き出し、周囲を巻き込んでいったのです。
アスクルもまさにそうでした。明日届くから「アスクル」という社名を冠した瞬間から、社員もパートナーも「明日届けるためにベストを尽くさなければならない」という強い使命感に駆られ、どんなトラブルがあろうとも諦めなくなりました。名前そのものが、行動を規定する強力な「陰陽師の術」となったのです。
この手法は、組織の名称やステークホルダーとの関係性を再定義する際にも、遺憾なく発揮されました。
象徴的だったのが、全国の文具店との関係性です。従来、メーカーと販売店の間には「買ってあげている」「売ってやっている」という上下関係や、歴史の長さに応じた甘えや既得権益が存在していました。しかし、アスクルが目指したのは、従来の文具店の役割を超え、「お客様の新規開拓」と「与信・回収」という2つの機能だけに絞って担ってもらう構造です。
そこで私たちは、従来の「販売店」「文具店」という呼び方を完全に捨て、対等なパートナーとして「エージェント」と呼ぶことにしたのです。
「長年付き合いがあるから条件を優遇してほしい」といった従来の慣習を一切断ち切り、歴史のある大手店舗も、新しく参入した小さな店舗も、すべて同じ条件で競い合い、助け合う「イコールパートナー(対等な仲間)」として契約を結びました。どちらの店舗から商品を購入するかを決めるのはメーカーではなく、すべて「お客様」です。上下関係や既得権益を排し、機能に基づいた社会最適でロジカルな仕組みを作る。その意識改革の第一歩こそが「エージェント」というネーミングでした。
社内組織のネーミングにも「陰陽師の術」を施しました。従来の「営業部」ではなく「エージェントサポート」や「フィールドカウンセラー」と呼び、「物流部」と「システム部」を統合した部署には「フューチャープラットフォームアーキテクト」(未来の基盤を構築する者)という名を授けました。単なる作業の現場ではなく、未来の構造を創造する部署なのだという本来のミッションを、名前に込めたのです。
言葉の力は、ポジティブにもネガティブにも作用します。
社内でどんな言葉が使われているかによって、その企業の品格とお客様への姿勢が露呈します。だからこそアスクルでは、『客』『ターゲット』『囲い込み』『生簀(いけす→最近ではこんな言葉まであるとびっくりしますが)』といった、お客様をモノ扱いするような言葉の使用を厳しく禁じました。
たとえ社内の会話であっても、そうした言葉を多用していれば、無意識のうちにお客様を見下す価値観が染み付き、いつか表の態度となって滲(にじ)み出てしまいます。私たちは常に「お客様」と呼び、裏口からではなく堂々と表玄関から訪問できるような、対等で誠実な「友人」のような関係性を目指しています。
あるべき思想を言葉に込め、ネーミングを通じて人々の無意識に働きかけていく。経営者が発する言葉一つひとつにどんな「陰陽師の術」をかけるかによって、組織の文化も、社会に開かれる未来も大きく変わっていくのです。


