ストイックな父とモダンな母——対極の二人が私に授...
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#03「バカか大物か」と言われた少年時代——宇宙への好奇心と、父から授かった商売の原点
岩田 彰一郎 2026/10/03
私の幼少期について、時に「個性的だったのでは?」と聞かれることがあります。しかし、自分としては決してガンガン前に出るような積極的な子供ではなく、どちらかと言えば目立たない、いわば「鳴かず飛ばず」の中庸な子供だったと記憶しています。
ただ、少し変わった一面があったとすれば、宇宙や歴史といった壮大なものに一人で思いを馳せるのが、たまらなく好きな少年でした。
今でも鮮明に思い出す光景があります。夏になると、我が家の大きなコンクリートテラスに布団を敷いてもらい、そこに寝転がって夜空を見上げるのが私の日課でした。昼間の強い日差しを浴びて「あちち」となるほど熱を持ったコンクリートが、夜に向けてじんわりと冷めていく独特の温かさ。その肌に伝わる温度を感じながら、まだ今よりもずっと綺麗に見えた星空を眺め、「宇宙とは一体何なのだろう」と飽きもせず考えていたのです。ピラミッドや歴史の謎に胸を躍らせるのも好きでした。
誰に影響を受けたわけでもなく、ただ内側に湧き上がる好奇心に従っていただけなのですが、そんな私の様子を見て、母親や学校の先生は「この子はバカか天才か、それともバカか大物か、どちらかですね」とよく話していたそうです。実際、母からも生前そのように言われました。自分の中に今も残り続ける強い好奇心の源泉は、この風変わりな少年時代に培われたものなのかもしれません。
そんな私ですが、中学・高校時代になると、ラグビーに打ち込む一方で、音楽にも夢中になりました。
のちに日本のポップス界で著名なミュージシャンとなる伊藤銀次くんとは、中学・高校の級友でした。当時は彼と一緒に街の楽器屋へと通い詰め、初めて自分の楽器を買ってバンドを組んだものです。その時に、才能というものを思い知らされました。当時から伊藤くんは耳で聴いて曲を再現することができ、私は彼を天才だと思っていました。彼は歯科医師の道をやめ、プロとして大好きな音楽業界へ行くことを決意し、のちに大成功を収めます。皆さんが一番馴染みのある彼の曲としては、お昼の番組、タモリさんの『笑っていいとも!』の主題歌があります。日本のポップス界に新しい風を吹き込んだ、尊敬する友人です。先日、久しぶりに彼の50周年記念前夜祭ライブへ行きました。ビルボードライブ東京の会場は満席で大変盛り上がり、終演後に楽屋を訪ねた際は、会った瞬間にハグをしていました。その瞬間、一気に高校時代の空気に戻ったのです。
多感な時期に、そうしたカルチャーやスポーツに全力でエネルギーを注いだことは、私の人間としての幅を太く、長く広げてくれる貴重な経験となりました。
私の人格や経営者としてのスタンスを形作る上で、もう一つ決定的なベースとなったのが、父親からの教えでした。
先祖の代から我が家は非常に信仰心が篤く、私の父もまた、深い宗教心を持った人間でした。そして同時に、自ら最前線で商売を営む一人の商売人でもありました。父は折に触れて、商売の本質に関わる厳格な言葉を私に授けてくれました。
「お金には毒がある。すべての水を自分のほうへ寄せようとすれば、かえってすべてが外へ流れ出ていってしまうものだ。だからこそ、人のためにやりなさい」
強欲になってはならない、独り占めをしてはならない。父が日々語っていたこの言葉は、まさに商売の原点そのものでした。どれだけビジネスがスケールしようとも、自分だけの利益を追い求めるのではなく、他者や社会のために尽くすこと。一見すると商売の合理性と矛盾するようでありながら、その実、最も強固な基盤となるこの利他の精神は、父親から授かった最大の遺産です。
星空を見上げていた少年の飽くなき好奇心と、父から厳しく諭された商売の倫理観。この一見全く異なる二つの要素が混ざり合い、のちの私のビジネス、そしてアスクルという社会インフラを生み出す挑戦へと、静かにつながっていくことになります。


