「一生懸命」から始まった百貨店人生。日本百貨店協...
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なぜ鎌倉シャツは「胸ポケット」をなくしたのか? 10年前の「論争」が教えてくれる、服を着る本当の意味
ビジョナリー編集部 2026/10/14
10年以上前に起きた「ポケット論争」の真意
ビジネスウェアの選択肢が広がり、オフィスカジュアルが定着した現代。「着心地の良さ」や「使いやすさ」を追求する一方で、ふと「自分をどう見せたいか」という装いの原点に立ち返るビジネスパーソンが増えている。
実は約10年前、鎌倉シャツの社内と顧客の間で、ある大きな決断をめぐり激しい議論が交わされた。それは、ドレスシャツ(ボタンダウンを除く)から、一斉に胸ポケットをなくすという決定であった。当時、創業者の貞末良雄(さだすえ よしお)氏が綴ったコラムを紐解きながら、同社が「胸ポケットなし」という仕様に込めた想い、そしてこれからの装いについて改めて考える。
お客様の声に向き合った「ポケット論争」
2013年、鎌倉シャツがドレスシャツから胸ポケットを外す方針を打ち出した際、顧客からは実に多様な意見が寄せられた。
「ペンやIDカードを入れる場所が必要。日本のビジネス現場ではポケットがあってこそ便利なんだ」
「クールビズで上着を着ない時期、ポケットがないと困る」
現場のビジネスパーソンからすれば、これらの意見は極めて合理的で切実な訴えであったといえる。日本の気候や働く環境において、「便利で機能的なシャツ」が求められるのは自然な流れであるからだ。
その一方で、こんな声も根強く存在していた。
「海外の伝統的な仕様である『ポケットなし』の美しいドレスシャツを、ずっと探していた」
「ジャケットを羽織ったときのVゾーンを、一番きれいな状態で着たい」
「日々の使いやすさ(機能)」を重視する顧客と、「本来のエレガンス(美学)」を求める顧客。同社は双方の誠実な想いに直面することとなった。
ニューヨークで実感した「世界基準」の装い
それでも鎌倉シャツが「ポケットなし」へと舵を切った背景には、ニューヨーク出店時の原体験がある。
オープン初日、現地のお客様から「なぜドレスシャツにポケットがあるのか?」と尋ねられた。
「シャツは本来アンダーウェア(肌着)であり、物を入れるためのものではない。物を入れるならジャケットやバッグを使えばいい」
「ジャストサイズで仕立てたシャツのポケットに物を入れると、シルエットが崩れ、せっかくの上質な生地も傷んでしまう」
クラシックなドレスシャツ発祥の地である欧州において、胸ポケットをつけないことは伝統的な仕様の一つである。創業以来「世界で活躍するビジネスパーソンを応援する」を掲げてきた同社にとって、この指摘は「グローバルなビジネスの場で、気後れすることなく胸を張って着られる一着を届けたい」という信念を固める転換点となったのである。

「便利さ」の先にある、「情緒」という価値
日本の衣料の歴史を振り返ると、戦後の物がない時代は、まず「寒さをしのぐ」「物を運ぶ」といった機能消費が中心であった。しかし時代が豊かになるにつれ、人々は服に「格好よさ」や「着たときの誇らしさ」といった情緒的な価値を求めるようになった。
胸ポケットのあるシャツが持つ日常的な利便性は、確かに価値がある。しかし同社は、日常の中に「身につけるだけで少し背筋が伸びるような美しさ」を提供したいと考えたのである。胸元に一切の無駄がないシャツは、ジャケットを脱いだ瞬間すらもスタイリッシュに引き立てる。
これからの時代に、鎌倉シャツが届けるもの
多様な働き方が広がる現代において、服選びに「たった一つの正解」はない。使いやすさを優先する日があっても良いし、道具としての服を選ぶ場面があって当然である。
ただ、大切なプレゼンがある日、勝負の商談、あるいは自分を高めたい特別な日には、胸ポケットのない正統なドレスシャツに袖を通してみてはどうだろうか。
「便利さ」の先で手に入るのは、無駄のない洗練されたシルエットと、職人が仕立てた生地本来の美しさ。そして、世界基準の装いを身にまとっているという密やかな自信である。
なお、日常での利便性を大切にしたい場合、鎌倉シャツではオーダーに応じて胸ポケットをつけるカスタマイズにも対応しているという。これも同社が、顧客それぞれのライフスタイルに寄り添うことも重要な役割と考えているからだろう。
どのような選択であっても、鎌倉シャツはこれからも、一人ひとりの日々に寄り添いながら、世界の舞台でも通用する「誇れる一着」を作り続けていくだろう。


