なぜ「子供服」がラグジュアリー免税店に並ぶのか?...
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「一生懸命」から始まった百貨店人生。日本百貨店協会・好本達也会長が語る、逆境の組織改革と地方百貨店の未来
ビジョナリー編集部 2026/07/02
インターネット通販の台頭やコロナ禍を経て、小売業界の中でもとりわけ大きな転換期を迎えている百貨店。インバウンドと富裕層ビジネスが注目を集める中、広大な売り場面積をどう活用し、地域社会とどう共生していくのか。大丸の心斎橋店でキャリアをスタートさせ、大丸札幌店の立ち上げや数々の店舗改革を指揮、さらには、一般社団法人日本百貨店協会のトップとしても業界を牽引する好本達也会長にインタビューを実施した。現場で学んだ経験から、業界に先駆けて断行した人事制度改革、そして地方百貨店が生き残るための「産官学連携」の重要性まで。百貨店というビジネスの神髄と、これからの日本を背負う次世代リーダーへの期待を伺った。
知識も技術もない若手時代。お客様の心を開いたのは「一生懸命」さ
会長のキャリアにおける原体験や、若手の頃に学んで今も大事にされていることについてお聞かせいただけますでしょうか。
私が大切にしている言葉は「一生懸命」です。入社後、最初に配属されたのは大丸の大阪・心斎橋店の婦人服売り場でした。20代前半の男性である私にとって、高価な婦人服を購入される40代、50代のお客様は自分の母親のような世代です。当然、婦人服の知識もなければ高度な接客技能もありません。
しかし、口先だけでごまかしたり知ったかぶりをしたりすることは、お客様から最も嫌われます。だからこそ、自分という人間を素直に出し、一生懸命な姿勢を見せることが一番相手に通じる と学びました。商人として、お客様に対して一生懸命のスタンスを示すことが私の原点です。その後、大丸札幌店の立ち上げに携わった際も、この経験が活きました。当時の北海道における大丸の知名度はわずか7%程度。取引先からの信用もゼロからのスタートでした。これまでの実績が全く役に立たない厳しい状況下でも、自分たちの考えを一生懸命に伝えること を徹底しました。その時にすぐには受け入れられなくても、厳しい状況だからこそ熱意は必ず後で通じると信じてやってきました。
面積の使い方が問われる時代。分厚い中間層に支えられてきた日本の百貨店
これからの百貨店のあり方や、モノを売る場所からの変革についてどのようにお考えですか。
これまでの百貨店は、その名の通り「百貨」を扱っていましたが、徐々にファッション、特に婦人服へと面積を広げてきました。しかし、2008年のリーマンショック以降、婦人服が急激に厳しくなり、現在はインバウンドと富裕層が主要なターゲットだと言われています。確かにその2つの軸は重要ですが、富裕層だけで5万平米から8万平米もある巨大な面積を成立させることはできません 。海外の百貨店と異なり、日本の百貨店は分厚い中間層に支えられてきました。冠婚葬祭やギフト、ビジネス用途など、「ハレの場」のニーズを満たす独特の価値観が日本にはあったのです。デパ地下や外商も日本の百貨店独特の文化です。
現在、オンラインでの購買が当たり前になる中で、広大なリアル店舗をどう活用するかが問われています。例えば、東京駅の大丸にある「明日見世(あすみせ)」のように、商品は売らずに次への紹介の起点とする新しいモデルも登場しています。昔の婦人服売り場のように自分で仕入れて販売計画を立てる機会が減った今こそ、取引先やブランドの枠を超え、自ら新しいマーケットを見つけ出すバイヤーの目利き力 が、これまで以上に求められています。
業界の常識を覆した早期の「ジョブ型」導入。危機感が生んだ組織改革
保守的になりがちな巨大組織において、社員が変化を楽しんで挑戦する文化を作るために、どのような組織づくりをされてきたのでしょうか。
大丸が誇れることの一つに、2000年頃に他社に先駆けて「ジョブ型」人事制度を導入したことが挙げられます。
当時はそのような言葉すら一般的ではありませんでしたが、日本の伝統的な年功序列とは一線を画した仕組みを取り入れました。この改革の背景にあったのは、当時のトップが抱いていた「このままいけば会社が潰れる」という強烈な危機感です。不採算の海外店舗をすべて閉鎖し、マネジメント層の数も減らしながら、経営戦略を明確にしていきました。私が携わった大丸札幌店のオープンや大丸東京店の移転オープンの際には、「この面積をどれだけの人間で、どう運営するか」という仮説を立て、徹底的に効率化を図りました 。その結果、大丸札幌店では、同規模の他店なら800人ほど必要なところを、380人の社員で回す体制を構築しました。精神論に頼るのではなく、仕事の絞り込みと効率化を徹底して行ったのです。
他の百貨店が本格的に人員体制の見直しに追随したのはコロナ禍になってからですから、私たちは20年近く先行して、組織運営にメスを入れていたことになります。
地方百貨店の生存戦略。産官学連携と隠れたコンテンツの発掘
地方の百貨店が地域コミュニティのハブとして機能し、生き残るためには何が必要だとお考えでしょうか。
地方の百貨店は今、人口減少という非常に厳しい現実に直面しています。インバウンドや富裕層の恩恵も受けにくく、採用難による人材不足や基幹システムの老朽化など、課題は山積しています。
日本百貨店協会として直接的な競争領域に踏み込むことはできませんが、若手社員の交流や人材育成の支援、国や自治体の制度と現場を繋ぎ合わせるサポートを行っています。地方百貨店が生き残るには、単独の自助努力だけでは限界があります。商店街、鉄道会社、地元企業、地方自治体、そして大学などが一体となった「産官学連携」の枠組みを構築し、街ぐるみで戦略を立てることが不可欠 です。日本には千年以上の歴史があり、地方には地元の人すら気づいていない素晴らしいコンテンツがまだ眠っています。そうした隠れた価値を発掘し、地方発のコンテンツとして都心の百貨店のポップアップで展開するなど、全国のネットワークを活かした仕組み を作ることができれば、新たな活路を見出せると確信しています。
グローバル化の逆風と人口減少。次世代リーダーに求められる覚悟
時代が大きく変化する中、これからの次世代リーダーにはどのような資質が必要だとお考えでしょうか。
過去数十年間は、グローバルな視点を持ち、新しいことにチャレンジする強(したた)かさが求められてきました。しかし今、世界は極右化や戦争、移民問題など、これまでのグローバリズムとは逆の方向へ動いているようにも見えます。
日本でも、昔はあり得ないと思っていたような事態が起こり得る時代になっています。こうした予測困難な状況において、10年後、20年後の世界がどうなるのかを、次世代の人たちは自らの頭で真剣に考えなければなりません。特に日本が抱える「人口減少」という課題に対しては、限られた国内のパイを奪い合うのではなく、出生率の向上や海外からの人材受け入れなど、根本的な解決に向けた新しいムーブメントを起こす覚悟が必要 です。
これからのリーダーには、世の中の危機的なリスクを直視しながらも、それをチャンスに変えていく発想力と行動力 が求められます。自分のキャリアを一つの企業の中にだけ求めるのではなく、スタートアップを含めて新たな価値を創造し、社会全体を牽引していく存在になってほしいと強く願っています。


