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用具メーカーの「もう一つのWBC」──舞台裏で続くイノベーション
WBC Story 〜名勝負の記憶と新時代の胎動〜ビジョナリー編集部 2026/03/04
「WBC」と聞いて、どんな光景を思い浮かべるでしょうか。満員の球場、世界各国のトップ選手が躍動し、手に汗握る熱戦が繰り広げられる――そんな瞬間を想像する人も多いでしょう。まもなく開幕を迎えるWBC。その舞台裏には、選手を支える“用具メーカー”たちの終わりなき挑戦があります。パフォーマンスを最大限に引き出すため、日々技術と情熱を注ぎ込んでいるのです。
今回は、選手の活躍を陰で支える“もう一つの戦い”――用具メーカーの挑戦に迫ります。
常識を打ち破る発明の連続
野球用具の一つひとつには、想像を超えるこだわりと進化の歴史があります。たとえば、ミズノ株式会社は、100年以上にわたり野球用具の開発に取り組んできました。その原点には、創業者の野球への純粋な愛情と、舶来品の模倣を超えた「日本人の手に合う用具を生み出したい」という情熱がありました。
今では当たり前となった「ポジション別グラブ」を日本で大きく普及させたのもミズノです。かつてはどの選手も同じ形状のグラブを使っていた時代に、キャッチャーにはキャッチャーミット、内野手には内野手用グラブと、役割ごとに最適な形状を開発することで、守備の精度向上をもたらしました。この発明が、野球の戦術や技術の発展を加速させたのです。
プロの憧れから市民権へ――ブランドの力
1970年代、あるグラブがプロ野球選手の間で爆発的な人気を博しました。ミズノが発売した「赤カップ」と呼ばれたそのモデルは、多くの一流選手が愛用し、少年たちの憧れの的となりました。なぜそこまで支持されたのか――その理由は単に「有名人が使っているから」ではありません。グラブ職人による皮革の厳選や、繊細な仕上げ、トッププレイヤーからのフィードバックを反映した設計など、徹底した「現場主義」と「品質へのこだわり」があったからこそです。
このような用具メーカーと選手のパートナーシップは、アンバサダー契約(現役選手による商品監修やアドバイス)という形で、今や野球界のスタンダードとなっています。トップ選手の声が直接商品に反映されることで、一般のプレイヤーにも「プロ仕様」の用具が届くようになり、野球人口全体のレベルアップにも貢献しています。
技術革新は止まらない――選手の進化に応える用具
近年、選手たちのフィジカルは飛躍的に進化しています。時速160キロを超える速球、驚異的なスイングスピード、予想を超える打球速度――これらは従来の用具では対応しきれない領域に達しています。そこで生まれたのが、「4D形状」のグラブや、徹底的な軽量化とフィット感を追求したスパイクなど、次世代の用具です。
たとえば、株式会社アシックスの侍ジャパン仕様のスパイクは金属製の歯を樹脂製スタッドに置き換えることで軽量化に成功し、試合後半や連戦での疲労軽減にも役立っています。実際にトップ選手も「足との一体感があり、動きにしっかり応えてくれる」とコメントし、自身のパフォーマンス向上に不可欠な存在となっています。こうした現場の声を聞き逃すことなく、商品開発に生かしている点が、国内外での高い評価を生み出しているのです。
“目立たない”用具にこそ革新の余地がある
野球用具の中でも、これまで「脇役」とされてきたアイテムが劇的な変化を遂げつつあります。その一例が「野球ベルト」です。従来、ベルトといえば単にズボンを留めるための道具でしかありませんでした。しかし、体幹の重要性が注目される中で、「コルセットのような機能を持つベルトがあれば…」という一人の選手の悩みから、全く新しい製品が生まれました。
インナーウェア事業で知られる株式会社白鳩が、異分野である野球用ベルトに着目し、独自の伸縮素材と6層構造を採用した“サポーター機能付きベルト”を完成させました。このベルトは腹圧を高め、腰への負担を軽減することで、パフォーマンスの向上や故障予防に寄与しています。
泥臭い現場の営業から生まれた「共感」と「信頼」
こうした革新的な用具は、決して派手な広告や大規模なプロモーションだけで広がったわけではありません。メーカーの営業担当が自らグラウンドに足を運び、選手や指導者に地道に製品の良さを伝えることで、現場の信頼を勝ち取りました。母校の恩師やOB、知り合いの紹介をきっかけに輪が広がり、最初は門前払いだった学校やチームにも、徐々に受け入れられていきました。
また、選手同士の口コミも大きな力を発揮しました。選手からチームメイトや後輩にも伝わり、気がつけば全国規模で愛用者が増えていく――まさに「現場発」のイノベーションが浸透していったのです。
SNS時代の新たな発信――用具の魅力を伝える工夫
近年、SNSの普及により、用具メーカーの情報発信も大きく変わっています。商品のスペックを伝えるだけでなく、プロの選手がどのように用具を選び、どのような場面で使っているのか、その裏側を動画やストーリーで紹介することで、ファンや若いプレイヤーたちの共感を呼び起こしています。
「〇〇選手が着用しているのはこのモデル」といった具体的な情報は、憧れの選手と同じ用具を使いたいという気持ちを強く刺激します。また、父の日や母の日限定モデルといった“特別な日”に合わせた商品展開も好評で、ファン層の拡大や新しい需要の創出につながっています。
世界へ挑む日本発の技術力
今や日本の用具メーカーは、国内市場での成功にとどまらず、世界の舞台への進出を目指しています。先述したサポーター機能付きベルトは、既にメジャーリーグの選手にも愛用され始めており、アメリカ市場での本格展開を視野に入れています。日本の繊維技術や職人のクラフトマンシップは、世界に誇れる財産です。グローバル化が進むスポーツ業界で、日本発のイノベーションがどこまで通用するのか、その挑戦はこれからが本番と言えるでしょう。
“ものづくり大国”としての誇りを胸に、海外の舞台で勝負したい――そんな思いを抱く経営者や技術者の姿に、多くのビジネスパーソンが共感できるのではないでしょうか。
まとめ
選手がグラウンドで戦うWBC。その裏側では、用具メーカーの挑戦が日々繰り広げられています。技術革新、現場主義、そして顧客との対話を重ねながら、次なる進化を目指して挑み続けています。
この舞台裏のドラマを知ることで、私たちはスポーツ観戦の楽しさが一層深まるだけでなく、「現場の声に耳を傾け、常に挑戦を続けることこそが、長く愛されるブランドや商品を生み出す原動力である」――そんなビジネスの本質にも気づかされます。
現場に根ざした本物のイノベーションは、必ず誰かの心を動かし、世界を変える力になっていくのです。


