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2026

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    日本初の快挙――りくりゅうが切り拓いた“ペアの時代”

    日本初の快挙――りくりゅうが切り拓いた“ペアの時代”

    ミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、日本のフィギュアスケート史に新たな1ページが刻まれました。“りくりゅう”こと、三浦璃来選手と木原龍一選手が、日本初となるペアでの金メダルを手にしたのです。

    彼らの快挙の裏にはどのようなドラマがあったのでしょうか。その出会いから逆転劇まで、二人が歩んだ道のりを振り返ります。

    異なる道を歩んだ二人――三浦璃来と木原龍一

    三浦璃来選手は兵庫県宝塚市出身。5歳でスケートを始め、氷上の世界に魅了されました。ディズニーアニメへの憧れからリンクに立ち、シングル選手として経験を重ねます。さらなる可能性を求め、やがてペア競技へ転向。しなやかなスケーティングと、逆境にも揺らがない精神力は、その歩みの中で培われました。

    木原龍一選手は、愛知県東海市で生まれ育ちました。もともとシングルスケーターとして活動し、全日本選手権にも出場経験を持つ実力者です。しかし、次第に自身の限界を感じ、ペア競技へと転向します。これまでに複数のパートナーと組み、幾度も挫折を味わいました。時には競技を続ける意味を見失いかけ、アルバイトをしながらスケートを続ける苦しい時期もありました。それでも、五輪の舞台に立つという思いだけは揺らぎませんでした。

    異なるキャリアを歩んできた二人は、ある夏、人生を変える“出会い”を迎えます。

    “雷が落ちた”――運命の出会いとペア誕生

    2019年7月。三浦選手と木原選手がお互いに前のペアを解消して新たなパートナーを探しているタイミングで、共通の知人であるアイスダンス元五輪代表の小松原美里選手が二人を引き合わせます。

    最初のトライアウト(相性確認の試技)で、思いもよらない化学反応が起こりました。木原選手が三浦選手をリフトし、空中に投げ上げた瞬間、彼の中に“雷が落ちた”といいます。

    「ここまで相性が合うのか」と驚きを隠せなかった木原選手。それは、三浦選手も同じ感覚でした。「今まで感じたことのない高さと滞空時間。空中時間って、こんなに長いんだと驚きました」と振り返ります。

    このとき生まれた信頼と高揚感は、その後の歩みを支える土台となりました。競技としての相性だけでなく、性格や価値観の面でも、お互いを尊重し合い、時に冗談を言い合える関係です。私生活では好みが分かれることもありますが、氷の上では揺るぎない信頼を預け合っているといいます。

    苦難と成長――“日本初の金メダル”への道のり

    新ペア結成後、二人はカナダを拠点に練習を重ねました。国際大会デビューからはじまり、日本人ペアとして初めてグランプリファイナルに進出し、世界の舞台で着実に存在感を高めていきます。しかし、その過程は決して順風満帆とはいきませんでした。

    新型コロナウイルス感染拡大による、国際大会の中止や移動の制限、トレーニングの中断という未曽有の事態。さらに、ペアならではの練習中のケガや、精神的なプレッシャーとも向き合う必要がありました。三浦選手が左肩を脱臼したときは、長期間氷上練習ができず、不安との闘いだったといいます。

    それでも、二人は諦めませんでした。コーチやチームスタッフの支え、そして家族やファンからのエールを力に変え、前を向き続けました。「どんな時も、絶対に諦めない。この気持ちが金メダルにつながった」と三浦選手は語ります。木原選手もまた、「ペア競技の未来を切り拓くのは、僕たちの努力にかかっている」と自分たちを鼓舞し続けました。

    こうした苦境を乗り越えた先に、二人は着実に結果を積み重ねていきます。グランプリシリーズや世界選手権での優勝、そしてついにオリンピックの大舞台で、日本フィギュア界初となる“ペアでの金メダル”を達成したのです。

    大逆転の金メダル――感動の瞬間と舞台裏

    2026年、ミラノ・コルティナ冬季オリンピック。ショートプログラムでの予期せぬミスが響き、5位でフリーを迎えることになりました。木原選手はこの時を振り返り、「心が折れかけた」と明かしています。

    しかし、コーチや仲間、そして何よりパートナー同士で声を掛け合い、気持ちを切り替えます。「野球は9回裏、3アウトまで試合は終わらない。絶対に諦めるな」――コーチの言葉が胸に響きました。そして、フリー演技当日、木原選手は三浦選手に宣言します。

    「もう大丈夫、強い自分に戻った」

    迎えたフリー演技。二人はこれまでにない集中力と躍動感で、世界歴代最高得点を叩き出しました。ショートの失敗を覆し、堂々の逆転優勝。日本のペア史上初となる金メダルに、会場は歓喜に包まれました。

    金メダルが確定した直後、三浦選手は「本当にたくさんの方々に支えられて、今ここに立てている」と感謝の気持ちを語りました。木原選手も「もう感謝しかない。璃来ちゃんと出会えたことで、人生が変わった」と涙を流します。

    支え合う力――仲間とチームの絆

    りくりゅうペアの強さの裏には、チーム全体の結束力があります。コーチやトレーナー、アスリート仲間たちもまた、二人の背中を押してきました。女子シングルの坂本花織選手からは「璃来たちなら絶対大丈夫だよ」と激励され、その一言が心の支えになったといいます。

    また、コーチのポジティブな声掛けや、日々の練習での観察力も、二人の成長を後押ししました。「物事を良くしたいなら、常に前向きでいなさい」というアドバイスは、木原選手のペア人生において大きな助けになったそうです。

    私生活でも、息抜きのゲームや会話を通じてお互いをリラックスさせ、気持ちをほぐしてきました。競技の厳しさと向き合いながらも、時に笑い合える関係性が、長いシーズンを乗り切るエネルギーとなっているのです。

    “ペア大国”への道標――未来へのメッセージ

    りくりゅうペアの金メダルは、日本フィギュア界にとって“ペア競技”という分野が広く認知され、次世代のスケーターたちに夢を与える大きなきっかけとなりました。木原選手は「僕たちの背中を見て、ペアに挑戦したいと思う子どもたちが増えてほしい」と語ります。三浦選手もまた、「後輩たちがどんどん育ってきている。私たちも引き続き頑張り、日本から世界に羽ばたくペア選手をもっと増やしたい」と力強い決意を見せます。

    二人が切り拓いた日本ペアの新時代。その背中を見て育つ世代が、次の歴史を築いていくはずです。

    まとめ――奇跡は日々の努力の積み重ねから

    三浦璃来選手と木原龍一選手、二人が歩んできた道のりには数え切れないほどの困難がありました。しかし、そのすべてを乗り越えてきたのは、運命的な出会いと信頼、チームの支え、そして決して諦めない心でした。日本初のペア金メダルは、その継続の先にたどり着いた結果といえるでしょう。

    これからも二人の挑戦は続きます。りくりゅうペアが見せてくれる新たなドラマ、そして日本フィギュアスケート界の未来に、期待せずにはいられません。

    #フィギュアスケート#オリンピック#冬季オリンピック#ミラノコルティナ#金メダル#三浦璃来#木原龍一#りくりゅうペア

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