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WBCの保険問題とは──スター選手を阻む“リスク管理”の構造
ビジョナリー編集部 2026/02/19
「なぜ、この選手がWBCにいないのか?」
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の出場選手の発表で、そのような疑問がSNSやメディアで取り上げられます。2026年大会でも、優勝候補と目されるプエルトリコ代表で主力選手の出場見送りが報じられ、戦力低下への懸念が広がるなど、大きな話題となりました。
その舞台裏を紐解けば、複雑で厳しい「保険問題」があることがわかります。国際大会特有の構造的な事情によって「出たくても出られない」という問題が起きているのです。
「スターの出場」が叶わない理由
WBCは野球の世界一を決める舞台であり、各国のスター選手が国の威信をかけて戦う姿は、野球ファンにとってまさに夢の時間です。しかし、2026年の大会でも、大谷翔平選手やアーロン・ジャッジ選手などの名だたるスーパースターが名を連ねる一方で、プエルトリコ代表のリンドーア選手やコレア選手、ベネズエラ代表のロハス選手など、多くの有力選手が辞退や選考漏れになりました。その最大の要因が「保険」の壁です。
WBCの舞台裏では、巨額の年俸が動くメジャーリーガーの価値をどう守るかという、極めて現実的な「経済的リスク管理」が問われています。選手自身の意向やコンディションだけでは決して解決できない問題なのです。
野球とサッカーの大きな違い
では、なぜ野球がこれほど「保険問題」に悩まされているのでしょうか。ここでは野球とサッカーの保険に対する違いから見ていきましょう。
例えば、サッカーのワールドカップ(W杯)では、FIFA(国際サッカー連盟)が世界中のクラブに対し、代表選手派遣を「義務」と定める一方、選手が代表活動中に負傷した場合は、FIFAがクラブに対して十分な金銭的補償を行う制度を構築しています。この補償は、試合開始14日前から大会終了まで、選手が合流した瞬間から効力を持ち、万が一長期離脱となった場合は29日目から最大1年間、補償がクラブに支払われます。
この制度が誕生した背景には、2010年W杯直前に、当時オランダ代表のエース、アリエン・ロッベン選手が親善試合で負傷し、W杯後も所属クラブ(バイエルン・ミュンヘン)で長期離脱したことがあります。クラブと代表で金銭的な補償を巡るトラブルが発生したことが制度化の契機となりました。サッカー界では、代表派遣の「義務」とクラブの「補償」がセットで制度設計されているのです。
一方WBCの保険制度は、代表活動中に選手が負傷し長期離脱を余儀なくされた場合に、保険会社が一定期間の年俸を補填する仕組みですが、厳しい審査基準があり、直近の手術歴や長期の故障離脱歴がある選手は、たとえ現在万全のコンディションであっても「リスクが高い」として保険対象から外されてしまいます。最近では年齢制限も導入され、37歳以上の選手については保険引受が難航するケースが増えています。
こうした厳格な基準の背景には、過去の大会でスター選手がWBC中に怪我をしたり、選手の年俸が高くなっていることに伴い保険料も高騰し続けています。前回大会ではホセ・アルトゥーベ選手やエドウィン・ディアス選手が怪我をしたことで、保険会社の審査はよりシビアになりました。ドジャースのロハス選手も、大会直前になって保険が適用されずWBCに出場できなくなったことに、不満を爆発させていました。
現場の葛藤──スター選手が出場できない現実
プエルトリコ代表の主将リンドーア選手は、オフに右肘の手術を受けたばかりでした。チーム合流時には回復し、通常通りキャンプにも参加できる状態でしたが、「手術歴」という点で保険が下りず、大会出場は叶いませんでした。ベネズエラ代表を熱望していたロハス選手も、年齢制限により保険から外されてしまいました。「チームではプレーできるのに、なぜ代表ではダメなのか」──現場の感覚と保険会社の審査基準との間に生まれるギャップは、選手やファンにとって大きな失望となっています。
保険が適用されない選手が代表でプレーするには、所属球団が「無保険」のリスクを全て引き受ける必要があります。しかし、数十億円単位の損失リスクを負ってまで送り出せる球団は、ほとんど存在しません。
「二刀流」大谷翔平の特別な事情
WBCにおける保険問題の難しさを象徴するエピソードが、大谷翔平選手の「二刀流」です。2026年大会、大谷選手は「指名打者(DH)」として登録されました。これはドジャースのロバーツ監督も明言した通り、投手としての出場を回避した形です。
米スポーツメディアの解説によれば、投手の場合は保険のリスク計算が特にシビアで、保険適用期間は打者がおおむね2年前後の補償設計となるケースがあるのに対し、投手は復帰までの期間が長期化しやすく、打者よりも高額な補償設計が必要になるとされています。
大谷選手のような超大型契約を結ぶ選手の場合、仮に投手として長期離脱となれば、補償対象となる年俸総額は数億ドル規模に及ぶ可能性があります。投手は復帰までに時間を要するケースが多く、保険設計も打者より長期化しやすいとされています。こうした事情から、投手としての出場については慎重な判断が求められました。保険料の高騰とリスク管理の問題は、「二刀流」という特異な存在に、より複雑な影響を与えているといえるでしょう。
「国のために戦いたい」思いと現実のギャップ
大会が始まった2006年当初と比べ、WBCの価値や大会への期待感は飛躍的に高まりました。選手の中にも「国のために戦いたい」と願う声は確実に増えています。しかし、年々高騰する年俸や、過去の負傷事例による保険制度の厳格化など、現状の制度設計が「夢舞台への道」を阻んでいるのは否定できません。
全ては「リスクとリターンの最適解」を求める現代ビジネスの難しさに起因します。スター選手の出場可否を決めるのは、時に本人の意志ではなく、保険会社の「書類審査」なのです。この現実に直面したとき、私たちはスポーツの“夢”と“現実”が複雑に交錯する時代に生きていることを改めて思い知らされます。
未来への問いかけ
国際大会が持つ“夢”の力は、時に国境や価値観を超え、人々の心を動かします。しかし、その夢の実現には、現代ならではの経済的リスクや制度の壁が立ちはだかっています。WBCの保険問題は、まさにその象徴です。スポーツとビジネス、夢と現実のせめぎ合いの中で、どこに「最適な答え」があるのか──今後も目が離せません。


