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2026

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    子どもの名前ランキングは何を映してきたのか――名づけの変遷から読み解く、日本社会の価値観

    子どもの名前ランキングは何を映してきたのか――名づけの変遷から読み解く、日本社会の価値観

    子どもの名前の流行は、決して偶然に生まれるものではありません。

    その時代の社会情勢や価値観、親世代の願いが、名前という形で静かに反映されてきました。

    時代ごとの名前ランキングをたどっていくと、日本社会が何を大切にし、何を不安に感じてきたのかが見えてきます。

    明治・大正時代──「長寿」と「道徳」への願いが込められた名前

    さかのぼること100年以上前、日本が西洋化の波に飲み込まれつつあった明治時代。男の子の名前には「正一」「正二」「清」など、儒教的な道徳観を表す漢字が多く用いられていました。また、「一郎」「次郎」「三郎」といった兄弟の順番がわかる名前も特徴的でした。大家族が一般的だった時代、長男には「一」、次男には「二」や「次」、三男には「三」や「三郎」といった具合に、家族の中での位置づけが名前に反映されていたのです。

    一方、女の子の名前では「千代」「久子」など、長寿を願う漢字が目立ちます。医療が発達していない時代、子供が無事に成長すること自体が大きな願いだったことがうかがえます。また、「千代子」や「春子」など「子」のつく名前が一般化したのもこの頃で、もともとは皇室でのみ使われていた「子」が庶民にも広がり、尊称としての意味合いを持っていました。

    昭和初期──元号や戦争が命名に与えた影響

    昭和に入ると、「昭二」「昭三」など元号にちなんだ名前が人気を集めました。社会の節目や新しい時代の幕開けに、親たちは「時代とともに歩む」という願いを込めていたのでしょう。

    1930年代後半から戦争が激化するにつれ、「勇」「勝」「進」「勲」など、勝利や勇ましさを象徴する名前が急増します。戦局が悪化し、国全体が不安に包まれる中で、「せめて名前だけでも強く、たくましく」と願う親心が感じられます。実際、太平洋戦争の敗戦が決定的になった昭和17年以降、こうした勇ましい名前の割合がさらに高まりました。

    女の子の名前はというと、「和子」「幸子」「節子」など「和」や「幸」といった穏やかで幸せを願う漢字が根強い人気を誇りました。特に「和子」は昭和2年から26年間で1位を23回も獲得するなど、圧倒的な支持を得ていました。当時の女性は苦しい生活や重労働を強いられることも多く、「少しでも幸せに」「穏やかに生きてほしい」という親の切実な思いが名前に込められていたのです。

    戦後から高度成長期──「誠実さ」と「豊かさ」が象徴に

    戦争が終わると、社会全体の雰囲気も大きく変わりました。男の子の名前では「誠」「勉」「博」「茂」など、真面目に働き、しっかり学ぶことを重視する漢字が目立ちます。当時は高度経済成長の真っただ中で、「誠実さ」や「実り」「豊かさ」に親たちの期待が込められていました。

    女の子の名前にも変化が訪れます。「恵子」「由美子」「久美子」など、「美」や「恵」といった字が徐々に増え始める一方で、「子」のつく名前の独占時代が続きます。1950年代には、テレビの普及や皇室の慶事など社会的な出来事が名前の流行に直接影響を与えるようになりました。たとえば、天皇陛下と美智子さまのご成婚(1959年)により、「美智子」が女の子の名前ランキングで急上昇したことも印象的です。

    昭和後期から平成初期──多様化と「個性」の芽生え

    1970年代後半になると、日本社会はバブル景気に向かい、豊かで開放的な空気に包まれます。男の子の名前では「大輔」「翔太」「拓也」「健太」など、音の響きが爽やかで明るい名前がブームに。また、この時期から「翔」「樹」「翼」「海」など、自然を連想させる漢字が急速に広まり始めました。

    女の子の名前では、「美咲」「愛」「さくら」「陽菜」など、花や自然からインスパイアされた名前が人気となります。そして1980年代半ばには、長らく定番だった「子」のつく名前がベスト10から姿を消します。

    こうした変化の背景には、テレビや漫画、アニメといった大衆文化の影響も無視できません。たとえば、当時社会現象となった漫画『タッチ』のヒロインである「みなみ」の名前が一躍人気になった事例もあります。

    平成──「キラキラネーム」と多様性の時代へ

    1990年代から2000年代にかけて、名前の多様化は一気に加速します。バブル崩壊や就職氷河期といった不安定な社会情勢のなか、親たちの「子どもには個性を大切にしてほしい」「世界に一つだけの存在であってほしい」という思いが強くなりました。その結果、これまでにない大胆な読み方や漢字を組み合わせた、いわゆる「キラキラネーム」が登場し始めます。

    たとえば、「光宙(ぴかちゅう)」「黄熊(ぷう)」「希空(のあ)」といった名前が話題になりました。こうした名前は、音読みと訓読みを混ぜたり、漢字の意味からは想像できない読み方を当てたりするのが特徴です。特に平成後半になると、どこにもない唯一無二の名前を求める親たちが増え、ランキングの上位にも「辞書に載っていない読み方」の名前が並ぶようになりました。

    一方で、「大翔(ひろと、はると)」「悠真(ゆうま、はるま)」「葵(あおい)」「結衣(ゆい)」など、漢字一文字や自然をイメージさせる名前も安定した人気を誇っています。また、「エマ」や「リオ」など、外国人にも発音しやすいグローバルな名前も徐々に登場し始めたのもこの頃です。

    令和──「読めない名前」とオープンマインドの象徴

    そして令和時代、さらに新たな傾向が見られるようになりました。最近の名前ランキングでは、「碧」「蒼」「凪」「蓮」「陽翔」といった空や海、自然を感じさせる漢字が男の子の名前で上位を占めています。「碧」は2022年に初の1位となり、コロナ禍の閉塞感を乗り越え、青空のように明るく未来を切り開くイメージが親たちの心をつかんだのでしょう。

    女の子の名前では「陽葵(ひまり)」が2年連続で1位、「紬(つむぎ)」「凛(りん)」など、明るさや人とのつながり、凛々しさを感じさせる名前が支持されています。いずれも、漢字の組み合わせは伝統的ですが、読み方は多様化しており、実際には複数の読み方が存在する場合も少なくありません。

    一方で、「キラキラネーム」とは異なる「読めない名前」が増えているのも令和の特徴です。例えば、「湊斗(みなと)」「心都(こと)」など、漢字の意味からは読み方が想像しにくい名前が増加しています。スマートフォンやネットの普及により、名づけの際に多様な情報が手軽に得られるようになったことも、こうした傾向を後押ししています。

    戸籍法改正と「ふりがな登録」の意味

    2025年には改正戸籍法が施行され、氏名のふりがなの登録が義務化されました。これは、行政手続きの効率化や社会全体の情報管理を円滑にすることを目的としたものです。

    法律上は「読み方は一般に認められているものでなければならない」と規定されていますが、実際には「心愛(ここあ)」や「陽葵(ひまり)」のように、辞書に載っていない読み方も引き続き認められています。

    このため、この法改正は一部で「キラキラネーム規制」と受け止められることもありますが、名づけの内容そのものを制限する意図はありません。今後も、名づけの自由度は比較的高い水準で維持されると見られています。

    名前の変遷が映し出す「日本社会の心」

    ここまで時代ごとの名前の変遷をたどってきましたが、実は名づけのトレンドには単なる流行だけでなく、親世代がその時々で感じていた物足りなさや不安、そして希望が映し出されています。

    たとえば、戦時中や経済不安の時代には「勇」「勝」「実」「茂」など、強さや豊かさを願う名前が好まれました。バブル期には「愛」「大輔」など、人とのつながりや明るい未来への期待が込められた名前が増えました。平成以降は「個性」や「唯一無二」への憧れが強まり、令和時代には「安心」や「多様性」「つながり」といった時代の空気が名前に反映されています。

    また、少子化や核家族化の進展により、兄弟の順番を示す名前が使われなくなっただけでなく、女性の尊称として広く用いられてきた「子」のつく名前も、次第に選ばれにくくなっていきました。より自由でオリジナリティあふれる命名が主流となり、さらにグローバル化が進む現代では、国際的に通用しやすい名前や、ジェンダーレスな響きを持つ名前も増えています。

    まとめ──「名づけ」は時代の鏡

    子供の名前ランキングの変遷をたどることは、流行を知る以上の意味を持っています。それは、日本社会の変化や、親世代が子に託した願い、時代ごとの「心の風景」を映し出す鏡なのです。

    「名前はその人の人生の第一歩であり、時代のアイデンティティを物語るもの」

    これからも、社会の移り変わりとともに、子供たちの名前は新たな表情を見せていくことでしょう。そこにどんな時代の願いが込められているのか、ぜひ感じてみてはいかがでしょうか。

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