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「ホタテが消える冬」 大量死が突きつける温暖化時代の水産業
ビジョナリー編集部 2026/02/02
冬が近づくと市場や飲食店で目を引くのが、プリッとした身と上品な甘みが特徴のホタテです。しかし、今その「冬の味覚」に異変が起きています。青森県陸奥湾を中心とする日本有数のホタテ養殖地で、ホタテの深刻な大量死が発生しているのです。なぜ、ホタテが突然姿を消し始めたのでしょうか。そして今後、私たちの食文化や地域経済にどのような影響が及ぶのでしょうか。その背景と現状、さらに今後の展望について紐解いていきます。
市場から消えた青森産のホタテ――飲食店や消費者への波紋
青森産ホタテはコストパフォーマンスも味も抜群で、長年にわたり安定供給されてきた冬の食材の定番です。しかし今冬は、やむなく冷凍品に切り替え、刺身としての提供を諦める店舗が急増しています。これまで手に入っていた新鮮なホタテが、突然市場から消える。飲食店では「浜焼き」など火を通したメニューでしのぐケースが増え、消費者もその変化に戸惑いを隠せません。その背景には、1年前から進行していた深刻な異変があります。
青森県の陸奥湾は国内ホタテ養殖の約99%を支える一大産地です。しかし、2023年秋から2024年にかけて、養殖2年目の新貝において平均へい死率(病気・環境要因・事故など原因を問わず「死んだ割合」)が93.3%――過去に例を見ない数字を記録しました。多くの漁師が「もう生きている貝がほとんどいない」と口を揃え、現場のショックは計り知れません。
異常事態の主因――海水温の上昇
この壊滅的被害の最大の要因と考えられているのが、近年の記録的な猛暑にともなう海水温の上昇です。ホタテは本来、冷たい海域での生育を得意とする生き物。通常であれば、冬の寒さによって身が引き締まり、甘みも増していきます。ところが、昨今の異常気象によって夏から秋にかけての海水温が高止まりし、ホタテの生存にとって過酷な環境が続きました。
「これまでの常識が通用しない」と語る地元漁師も少なくありません。養殖業の歴史の中でも、湾全体でこれほどの大量死は初めての経験です。「このままでは漁業として生活を続けるのが難しい」との声も現場から上がっています。
「気候変動」だけではない――複合的な要因がホタテを襲う
今回の大量死は単なる「水温が高かったから」で説明できるものではありません。青森県水産総合研究所の調査によると、これまで見られなかった「寄生カニ」や「細菌」の影響も明らかになりつつあります。例えば、「カギヅメピンノ」という1センチほどの小さなカニがホタテのエラに寄生し、エサとなるプランクトンを横取りしてしまう現象が確認されました。さらに、「フランシセラ菌」と呼ばれる細菌がホタテの貝柱に腫瘍を作る事例も見つかっています。
これらの新たな要因は、高水温が引き金となり、従来は存在しなかった寄生の拡大や細菌の活発化を招いた可能性が指摘されています。エラが損傷し、十分な呼吸や栄養摂取ができなくなったホタテは、著しい成育不良や死滅に至るのです。研究者は「今までにない現象が複合的に絡み合っており、徹底的なメカニズム解明が急務」と語ります。
ホタテだけではない――全国に広がる「海の異変」
この問題は青森県だけにとどまりません。たとえば広島や瀬戸内海エリアでも、冬の風物詩であるカキの大量死が相次いで発生しています。2024年の調査では、広島の養殖カキの8割から9割が死滅し、生き残った個体も小粒で出荷困難な状況です。カキ養殖業者の中には「廃業せざるを得ない」と嘆く声もあり、地域経済への影響が長期化する懸念が強まっています。
このような“海の異変”は、海水温の上昇のみならず、プランクトン量の減少や海の栄養バランスの変化など、気候や環境の変動が複雑に絡み合って生じていると専門家は指摘します。持続可能な水産業のあり方そのものが、いま大きな転換点に立たされているのです。
生産現場と自治体・国の動き――支援と構造改革の模索
この危機に対し、現場や行政も動き始めています。青森県では、県知事が水産庁を訪問し、早急な支援を要請しました。広島県などでカキの大量死被害に対して適用された「対策パッケージ」(2025年12月に政府によって策定・発表された瀬戸内海のカキ養殖業者に対してまとめて打ち出した支援策一式)と同様の資金支援や原因究明の取り組みを、ホタテにも拡大するよう国に強く求めています。水産庁も「カキだけでなくホタテにも同じ支援策を適用できる」との姿勢を示しています。
また、青森県内では、沖合での養殖試験や低水温域の有効活用、稚貝確保技術の開発、プランクトン調査の強化、さらには他地域からの親貝導入支援など、総合的な対策が進められています。しかし、2025年春の調査においてもホタテの成育状況は過去最低水準にとどまり、回復には数年単位の時間を要する見込みです。
「温暖化時代の水産業」へ――未来への道筋を探る
短期的な資金繰り支援や技術開発だけでなく、今後は根本的な構造改革が求められています。例えば、福井県の小浜市では、地元漁協と大学、民間企業が連携し、高水温への耐性に優れた新しいカキ品種の開発に着手。2023年には試験販売も始まっています。青森でも同様に、耐性品種の開発や養殖技術の抜本的な見直しが進められつつあります。
海域の分散や沖合・低水温域の積極活用も重要なキーワードです。これまでの「安定した環境で大量生産」というモデルから、「変動を前提とし、多様なリスク分散ができる体制」へのシフトが不可避です。
もちろん、こうした改革には時間とコストがかかります。しかし、気候変動や環境変化が「遠い未来の話」ではなく、いま現実に食卓と地域に直撃している以上、次の養殖サイクルに間に合うかどうか、時間との闘いが始まっています。
私たちの食卓を守るために――消費者にできること
冬の味覚が消えることは、日本の食文化の一部が失われることでもあります。消費者としてできることは何でしょうか。
まず、現状を正しく知り、理解することが第一歩です。そして、被害を受けた地域の水産品や加工品を選ぶことで、産地の再建をサポートできます。自治体や生産者が工夫をこらして新商品や限定セットを販売するケースも増えています。こうした商品を手に取り、「応援消費」を実践することも未来への投資となります。
また、温暖化対策やサステナブルな消費行動を意識することも、水産業の未来を支える一助となります。私たち一人ひとりの選択が、海の再生力と地域経済の持続性を後押しするのです。
終わりに
ホタテの大量死――それは単なる「冬の味覚の危機」ではなく、気候変動が日本の海と食の現場を直撃している事実の表れです。いま、何が起きているのか。その背景には、海水温の上昇や環境変化、寄生生物や細菌の増加といった複雑な要因が重なっています。現場や自治体、国が一丸となって対策を模索するなか、私たち消費者にもできることがあります。海の恵みを未来へつなぐために、いまこそ「知り」「選び」「応援する」行動が求められています。
この現実を他人事とせず、食卓の向こうに広がる海と生産者の声に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。


