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エレン・ジョンソン・サーリーフとは──アフリカ初の女性大統領が導いたリーダーシップの本質
ビジョナリー編集部 2026/02/03
世界で女性リーダーの存在感が改めて問われるなか、その先駆けとなった人物がいます。アフリカ初の女性大統領、エレン・ジョンソン・サーリーフです。
内戦と混乱を経た国家の再建という、最も困難な局面で舵を取った彼女は、リーダーシップについてこう語っています。
「女性は人命への配慮、共感力、そして他者との協働能力において男性より優れている。そして、プロフェッショナリズムとパフォーマンスにおいては、あらゆる面で男性と対等である」
本稿では、彼女の歩みと統治の実践をたどりながら、エレン・ジョンソン・サーリーフが示したリーダーシップの本質を読み解いていきます。
アフリカの女性リーダー 逆境が育んだ信念
サーリーフ氏の歩みを遡ると、その人生は決して平坦なものではありません。1938年、リベリアの首都モンロビアに生まれた彼女は、ゴラ族とアメリカ系リベリア人の家系、そしてドイツ系の血も引く多文化的な家庭環境で育ちました。父親はリベリア初の先住民議員、母親は教育者という家庭に生まれたことで、幼いころから知識と奉仕の重要性を日常の中で自然と学んでいきました。
17歳で結婚し、4人の息子を育てながらも、彼女は学びの道を諦めませんでした。米国に留学し、ウィスコンシン大学やコロラド大学で経済学を学び、最終的にはハーバード大学ケネディ・スクールで公共政策の修士号を取得します。家族やキャリア、学びのバランスを追い求める姿は、当時のアフリカの女性像を大きく超えたものでした。
クーデターと亡命、そして帰還──政治の荒波を越えて
サーリーフ氏の真価が問われるのは、リベリアが歴史的混乱に直面した時代です。1970年代末、同国のホイッグ党政権下で財務相を務めていた彼女は、1980年のクーデターによって政権が一変、政情不安が深刻化するなか、厳しい政治環境に身を置くことになります。反体制派として命を狙われ、国外に脱出。ケニアやアメリカで民間銀行や国際機関の職を経験しながらも、祖国への想いを失うことはありませんでした。
彼女は政治的困難にも屈せず、1985年に帰国。しかし、ドウ政権への批判が原因で自宅軟禁、さらには長期懲役刑を宣告されることとなります。それでも、サーリーフ氏は諦めず、国連開発計画でアフリカ局長を務めるなど、国際社会で経験を積みました。
内戦後のリベリア再建──「包摂」のリーダーシップ
2003年、長きにわたる内戦が終結し、リベリアは新たなリーダーを求めていました。サーリーフ氏は2005年の大統領選挙に挑み、リベリア初、そしてアフリカ初の選挙で選ばれた女性大統領として新たな歴史を切り開きました。
リベリアは10以上の民族が共存し、いずれも多数派ではないという極めて多様な社会です。サーリーフ氏は、就任演説で「包摂的で寛容な政府」を実現すると宣言し、実際に男女比や世代、宗教、民族のバランスを意識した閣僚人事を行いました。女性閣僚の登用も積極的に進め、初年度からその数を倍増させたことは、従来の男性主導型政治とは一線を画すものでした。
経済政策面でも、彼女の改革は目を引きました。国家の重債務削減に取り組み、国際社会から重債務貧困国として認定されることで、実際に多くの債務免除を勝ち取ったのです。その結果、サーリーフ政権の初期5年間でリベリアのGDP成長率は年平均4%という数字を記録し、内戦前後の長い停滞から抜け出す道筋が示されました。
共感力と誠実さ──「女性的」資質がもたらした変革
こうした統治の姿勢は、まず国内で変化として現れました。分断が続いていた政治や社会の現場で、対話と包摂を重ねる姿勢が徐々に信頼を集めていったのです。その動きはやがて国境を越え、国際社会からも注目されるようになります。
サーリーフ氏が世界から高い評価を受けた背景には、経済再建や制度改革といった目に見える成果だけでなく、統治の姿勢そのものがありました。彼女は「共感力」や「誠実さ」といった、しばしば「女性的」とされる資質を、リーダーシップの核心に据えたのです。
例えば、国民融和のために、野党出身の政治家や有能な女性を閣僚に登用し、利害の異なる集団をつなぎました。汚職の根絶を目指し、制度改革を積極的に進めた一方で、自らの家族が汚職に関与した際には厳しい対応を取るなど、原則を曲げませんでした。
また、教育の重要性を強調し、特に女児の教育機会拡大に尽力しました。「リベリア女性にあらゆる分野での重要な地位を与える」との就任演説の言葉通り、現地の家庭に対し、女性の教育を積極的に奨励したのです。
ノーベル平和賞受賞──女性と平和、次世代へのメッセージ
2011年、サーリーフ氏はノーベル平和賞を授与されます。その理由は、女性が平和プロセスに参加し、国家の意思決定において重要な役割を果たすべきだと世界に訴え続けた点、そして女性たちを勇気づけ、社会的地位向上への道を切り開いた点にあります。
現在も、サーリーフ氏は「エレン・ジョンソン・サーリーフ女性開発大統領センター」を通じて、次世代の女性リーダー育成に力を注いでいます。彼女はその思いを、次のような言葉で表現しています。
「私より前に来た女性リーダーたちの肩の上に立ったように、今度は私が彼女たちの肩を用意する」
この言葉は、自身の成功が先人の努力の積み重ねの上に成り立っていることへの感謝の気持ちと同時に、今度は自らが後に続く女性たちの土台となり、その挑戦を支えたいという決意を示したものです。
女性リーダーがもたらす経済的・社会的効果
サーリーフ氏の統治時代、リベリアにおける包摂的な政策や多様性の尊重は、経済成長にも直結しました。男性元首時代には特定の部族や集団への利益誘導が顕著でしたが、彼女は全ての国民に発展の機会を提供し、それが社会の安定と成長につながったのです。これは企業経営にも通じる教訓であり、多様性を活かすことで組織全体のパフォーマンスが向上するという事実を、国家レベルで証明した事例と言えるでしょう。
女性リーダーの現実──挑戦と希望
とはいえ、サーリーフ氏自身も「女性リーダーは話題の的になりやすく、常に誤った情報や批判にさらされがちだ」と率直に語っています。アフリカにおける女性リーダーは、いまだに極めて少数であり、ジェンダーに基づく暴力やハラスメント、脅迫に直面し続けています。
しかし、彼女はこうした困難を機会と捉え、「タフな精神力と、知識のない批判を自分から弾き飛ばす力が必要」と人々にエールを送っています。そして、挑戦をする人たちには、「もしあなたの夢があなたを怖じ気づかせないなら、その夢は小さすぎる。」と語っています。私たちが、挑戦をしようかと迷い、立ち止まる時に背中を後押しする言葉であり、まだ挑戦をしていない人にとっては、大きな夢を持ち勇気を持って前に進むことを伝えています。
まとめ──エレン・ジョンソン・サーリーフが現代に遺したもの
エレン・ジョンソン・サーリーフ氏の人生は、まさに逆境と挑戦の連続でした。しかし、その全ての経験が彼女の「包摂」「共感」「誠実さ」というリーダーシップの礎となっています。彼女の軌跡は、リーダーシップとは権力や特権ではなく、目的に根ざし、共感力や誠実さによって国家や組織を変革できることを私たちに教えてくれます。
彼女が貫いた「包摂」と「和解」の哲学は、アフリカだけでなく世界中の多様性に富む社会に示唆を与えます。女性が完全に市民生活に参加し、能力と勇気を発揮できる社会──サーリーフ氏のビジョンは、今もなお新たな世代のリーダーたちに受け継がれています。
「これまでの記録が示す通り、市民社会に女性が完全に参加することは、国々のより高い成長と発展のレベルにつながる」
この彼女の言葉こそが、未来への行動への呼びかけであり、私たち一人ひとりが心に留めておくべきメッセージでしょう。


