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豪邸よりも「ルール」が価値を生む街──六麓荘町という異例
ビジョナリー編集部 2026/01/06
「日本一の高級住宅街」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。都内の田園調布、渋谷区松濤、あるいは神戸の住吉山手――それぞれが名だたるエリアですが、実は高級住宅街として異彩を放つ存在が、兵庫県芦屋市の「六麓荘町」です。
この地を訪れると、想像を超える“特別さ”に圧倒されるかもしれません。六麓荘町はなぜここまで唯一無二のブランドを築き上げてきたのでしょうか。そして今、どんな課題や変化に直面しているのでしょうか。六麓荘町の歴史、ルール、住民のリアル、そして外からは見えにくい“本質”に迫ります。
100年守られ続けた六麓荘町
六麓荘町の原点は今から約100年前、1928(昭和3)年にまで遡ります。大阪の有力実業家たちが出資し、「東洋一の別荘地をつくる」という壮大なビジョンのもと、国有林の払い下げを受けて開発が始まりました。
この街づくりのモデルとなったのは、当時の香港島にあった英国人専用の住宅地。彼らが目指したのは、ただ豪邸が並ぶだけのエリアではなく、景観や住環境、街の品格すべてにおいて“日本最上”を追求するものでした。
六甲山の山裾、標高200メートル前後の高台に広がる六麓荘町は、わずか0.378平方キロメートルという小さな町。しかし、その一角一角が迫力と静けさに満ちています。
例えば、開発当初から電柱・電線は地下に埋設され、道路幅は6メートル以上を確保。集合住宅や商業施設は一切認められません。こうした徹底したルールが、端正な景観と六麓荘町だけの“格”を生み出してきたのです。
ルールが生み出す特別な高級住宅街
他の高級住宅街と六麓荘町を分ける最大のポイントは、その“厳格さ”にあります。単に高価格帯の住宅が並ぶのではなく、街全体の品格・住環境を維持するための独自ルールが、住民の手によって100年近く守られてきました。
敷地面積は原則400平方メートル以上。家は2階建てまで。敷地の3~4割以上は庭とし、桜や紅葉など高木・中木を規則的に植えなければなりません。電柱や自動販売機、ネオンサインも存在しません。
こうした規定は明文化され、例えば建築時には、町内会に設計図や模型を提出し、近隣住民を集めた説明会を開催したりします。こうした制度の徹底によって、結果として、戸建て住宅のみで構成される街並みが維持されているのです。
住民の顔ぶれと“静寂”の正体
六麓荘町に住むのは、医師、企業経営者、士業、芸能人など、いわゆる超高所得層が中心となっています。しかし、この町を歩いていると、他の高級住宅地とは異なる“異様な静けさ”に気づくはずです。
実際、六麓荘町では歩行者を見かけることがほとんどありません。住民の移動は基本的に車で、自転車に乗る人も皆無に近いのです。そのため、見慣れない来訪者には自然と警戒の目が向けられるほど、防犯意識が高い地域でもあります。この徹底した排他性と防犯意識の高さが、住民にとって大きな安心感につながっています。
豪邸が並ぶ“絶景”の秘密
六麓荘町が長年にわたり人気を誇る理由は、立地にもあります。大阪と神戸のほぼ中間に位置し、JR芦屋駅から新快速で大阪まで約13分、神戸・三ノ宮まで8分という利便性を誇りながら、六甲山の斜面という自然の中に佇んでいます。
この高台からは、大阪湾や生駒山、淡路島までを一望できる抜群の眺望が広がります。都市の利便性と自然の美しさを両立できるロケーションが、六麓荘町の稀有なブランド価値を支えているのです。
住民を支える“町内会”の伝統と変化
六麓荘町の秩序と景観を維持してきたのは、住民自らが運営する町内会の存在です。法人格を持ち、独自ルールの運用や説明会の開催、環境のメンテナンスまで、あらゆる面に目を配ってきました。
かつては「くいだおれ」(大阪・道頓堀の名物飲食店)創業者・山田六郎氏の時代に、町内会は絶大な権限を持ち、近隣トラブルの仲裁から道路の維持管理までを一手に担っていました。町内の道路は町内会の関連会社が所有しており、道路使用権を盾に住民に秩序を求めることもできたのです。
しかし1993年、道路の維持管理権が芦屋市に移管されたことで、町内会の権限は徐々に弱まりました。加えて建築協定が条例化されたことで、今や法令に則り手続きが進むようになり、町内会はトラブルが起きても行政に委ねることが増えています。
こうした変化により、住民間の調和や“顔の見える関係”が希薄になりつつあり、近年では町内会に加入しない住民も少しずつ増え始めています。
外国人富裕層の流入
近年、六麓荘町は新たな課題にも直面しています。それは海外、特に中国人富裕層による豪邸の購入が目立っていることです。
日本では外国人でも土地の所有が認められているため、自宅としてだけでなく投資や別荘目的の購入も可能です。実際に、数億円単位の豪邸を“現金一括”で購入する中国人富裕層が現れました。一度中国人富裕層の手に渡った物件は、その後も中国系の知人同士で売買が繰り返され、日本人の手には戻りにくいという現象も起きています。
もちろん、六麓荘町の住環境を理解し、トラブルなく順応している方もいますが、説明会や工事の手続きが守られず、条例違反が疑われるケースも散見されるようになりました。
「このままだと街の文化的均質性が失われるのではないか」――そんな声も一部住民から聞かれるなど、ブランドの維持に新たな課題が突き付けられています。
まとめ
六麓荘町は、ただの豪邸が並ぶ街ではありません。厳格なルールと住民の自負、そして自然と都市の絶妙なバランスが生む、“本物の高級住宅街”です。
一方で、グローバル化や社会の変化と向き合いながら、六麓荘町がこれからどのような姿を描いていくのかは、まだ誰にもわかりません。
町のブランドや伝統を守るために、どのようなルール運用や住民同士のつながりが求められるのか。今まさに六麓荘町は、“真価”が問われるターニングポイントに立っているのかもしれません。
高級住宅街の魅力と課題、その両面を知ることで、私たちが暮らしに求める“豊かさ”や“品格”について、改めて考えさせられるのではないでしょうか。


