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なぜ良かれと思ったご褒美が「やる気」を奪うのか?アンダーマイニング効果の正体とモチベーション管理術
ビジョナリー編集部 2026/09/16
部下の意欲を高めようとインセンティブを導入したのに成果が上がらなくなったり、勉強好きだった子どもに小遣いを渡したら、お金目的でしか勉強しなくなったりする事例は決して珍しくありません。
実はこの現象、心理学では「アンダーマイニング効果」と呼ばれています。本記事では、この心理現象のメカニズムから心理実験、やる気を損なわずに成果を引き出す具体的なアプローチまでを分かりやすく解説します。
効果の概要と身近なリスク
アンダーマイニング(undermining)とは、「下を掘り掘削する」「土台を侵食して弱体化させる」といった意味を持つ言葉です。心理学においては、内側から湧き出る意欲の土台が、外部からの影響によって削り取られてしまう状態を指します。「過剰正当化効果」とも呼ばれるこの現象は、私たちの日常やビジネスシーンにも潜んでいます。
たとえば、文章を書くのが大好きで個人ブログを立ち上げた人がいるとします。最初は純粋な楽しさから毎日記事を更新していましたが、アクセス数が増えて企業から「1記事につき数万円で寄稿してほしい」と頼まれました。報酬が得られるようになった最初のうちは喜びを感じるものの、次第に「お金のために書かなければならない」という感覚が強まり、最終的には書くこと自体が苦痛になってしまうケースがあります。
ここで重要なのは、目的が「楽しさ」から「報酬の獲得」へとすり替わってしまう点です。
エドワード・デシの実験
この効果の存在を世界に示し、モチベーション研究に革命をもたらしたのが、心理学者エドワード・L・デシ(Edward L. Deci)氏が1971年に行った有名な実験です。
デシ氏は、立体パズルを用いて、大学生を対象に3日間にわたる実験を行いました。参加者を「Aグループ」と「Bグループ」の2つに分け、それぞれの行動パターンを観察したのです。
1日目、両グループともに無報酬でパズルに取り組んでもらいました。2日目になると、Aグループには「パズルを解いたら報酬を支払う」と伝え、Bグループには変わらず無報酬で解いてもらいました。そして3日目、Aグループに対して「本日は報酬が出ない」と告げ、再び両グループにパズルをやらせました。
実験の狙いは、各セッションの合間に設けられた8分間の「自由時間」にありました。実験者が「用事があるので少し席を外します」と言って部屋を出た際、参加者がどのように過ごすかを観察したのです。
結果は顕著でした。最初から一貫して無報酬だったBグループは、自由時間中も自主的にパズルを解き続ける傾向がみられました。一方で、2日目に報酬をもらい、3日目にそれを打ち切られたAグループは、自由時間になるとパズルに触れるのをやめ、置いてあった雑誌を読むなど別の行動を始めたのです。
この実験は、一度「外部からの報酬」を介在させると、それが途絶えた瞬間に自発的な意欲までもが失われてしまうことを証明しました。
2つの動機づけと「自己決定理論」
心理学において、人間のモチベーションは大きく「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」の2つに分類されます。
- 内発的動機づけ:興味、好奇心、達成感、関心など、行動そのものがもたらす歓びによって推進される状態。
- 外発的動機づけ:給与、賞与、称賛、昇進、あるいは叱責や罰の回避といった、外部からの刺激によって行動を起こす状態。
デシ氏とリチャード・ライアン(Richard Ryan)氏が提唱した「自己決定理論」によれば、人間には「自分の行動は自分で選択したい」という自律性への強い欲求が存在します。
内発的動機づけによって動いているときは、「自分が選んでやっている」という高い自律性を感じています。しかし、そこに外発的報酬が与えられると、行動のコントロール権が自分から「報酬を与える側」へと移行したように感じられます。その結果、自律性の欲求が満たされなくなり、モチベーションが急激に低下してしまうのです。
外発的動機づけを安全に活用するためのポイント
では、金銭的報酬や評価といった外発的動機づけは使うべきではないのでしょうか。答えは「ノー」です。新しい業務に挑戦させるきっかけ作りや、興味のない作業に初期の関心を持たせる意味において、外発的動機づけは非常に強力なツールとなります。
大切なのは、アンダーマイニング効果を予防しつつ、適切にインセンティブを活用することです。現場で実践できるアプローチを紹介します。
成果だけでなく「プロセス」と「努力」を肯定する
「1位になったからすごい」といった結果のみをモノやお金で称えるのではなく、「ここまでの工夫が素晴らしかった」「諦めずにやり抜いた姿勢を尊敬する」といったプロセスの承認を意識します。言葉によるフィードバックや誠実な感謝は、内発的動機づけを強める「エンハンシング効果」を引き出します。
選択肢を与え「自律性」を保つ
指示命令で動かすのではなく、可能な限り本人の意思で決定できる余白を残すことが重要です。「いつまでに終えるか」「どのような手順で進めるか」といったプロセスの一部を本人に委ねることで、「自分でコントロールしている」という実感が残り、内発的動機づけが維持されやすくなります。
外発的報酬は「事前の約束」に頼りすぎない
「これをやったらお金をあげる」という事前条件付きの報酬(ノルマ型報酬)は、アンダーマイニング効果を最も引き起こしやすい形態です。一方で、予期せぬタイミングで贈られる「サプライズの感謝」や「後からの称賛」は、行動の目的をすり替えにくく、ポジティブな効果を生みやすいことが判明しています。
終わりに:自律性を育み、持続可能な意欲を引き出す
良かれと思って用意したインセンティブが、相手の「好き」「楽しい」という尊いエネルギーを滅ぼしてしまうリスクを、私たちは常に認識しておかなければなりません。
ビジネスにおけるマネジメントでも、教育現場における育成でも、「自ら考えて行動できる人材」を育てることは重要です。短期的・表面的な数字に囚われて外発的報酬を乱用するのではなく、本人の好奇心や自律性を尊重する関わり方を心がけていきましょう。内部から湧き出る情熱こそが、持続可能で強力なパフォーマンスの源泉なのです。


