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2025

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    原宿で築いた縁、原宿に描く夢

    #30原宿で築いた縁、原宿に描く夢

    原石からダイヤへ

     私はこの原宿に、縁もゆかりも何もない状態で飛び込んできた。何度もお話しさせていただいたが、当時は文教地区で商店などもほとんどなかった。そこから私が起業し、街のほうが後から変わっていったような感じだ。

     こんなところは原宿だけだ。1か月前にも新しい店ができるなど、常に何かがぐるぐると変わっている。台東区などは、50年前から街はほとんど変わっていない。中央区などもそうだ。

     そしてここで、さまざまな縁もできた。ファッションロータリークラブで出会う人たちは非常に真面目で、常に刺激を受けてきた。ビームスの設楽洋氏のご両親は非常に苦労人で、「ファッション業界は甘い」と常におっしゃって、真面目に取り組んできている人たちと縁を紡いできた。息子の洋氏について私は、ひらめきの天才だと思っている。ロータリークラブで突然話を振っても、準備も何もない状態から素晴らしいアイデアを展開してくれる。

     やはり、良い人と付き合わなければいけない。縁は良い人との繋がりで増やしていかなければならない。それで人生は変わっていくものだ。サラリーマン社長、言葉は悪いがいわゆる「雇われ社長」には、やめてしまったら何の縁も残っていなかったという人も少なくない。退職してしまうと、便りを出しても3%ぐらいの返信しかないのだという。在職中は皆、肩書きや名刺に頭を下げているだけで、その人についていきたいという人は存外少ないものなのである。しかし、世の中にはそこを錯覚したまま、脱皮できずに定年を迎えてしまう経営者もいるのである。

     自分はまだまだ、原宿の街をどうしようか、どうやって大きくしていったらいいのか、などということを、それこそ設楽さんたちと考え続けている。渋谷区長や原宿警察署も協力してくれている。さまざまな会合があるので、そこで頻繁に顔を合わせて意見交換をしているということが大きいのだろう。最近はこの辺りの地価が高騰し、両親が亡くなると相続税が払えないので土地を売ってしまうというケースも少なくない。外国人による土地の買収も進んでいるというが、それが行き過ぎると街の雰囲気も変わってしまいかねない。

     多くの人がかかわれば、多様なエネルギーが生まれ、そして新しいことも生まれる。どうやって原宿を次の世代に引き継いでいくのか。皆力を合わせて取り組むことが、私たちの世代には重要なのだという話ばかりを地元の仲間たちとは常にしている。世の変化は激しく、人生は闘いなのである。自分たちだけが良い思いをしてそれで終わり、というわけにはいかない。

     これからもファッション業界と原宿の魅力づくりに、力の限り取り組んでいきたい。

    ー終ー

    #ジム#八木原保#ニット業界#経営#ファッション業界#ニットメーカー
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