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#19死を前に恩師が教えてくれた真のリーダーの姿
浅見 隆 2025/11/19
私が最も影響を受けた人物は、スポルディング(Spalding)時代の国際部門の社長を務めていた、スコット・クリールマンという人です。知的水準が高く、スポーツ万能で、心が優しい。記憶力に優れ、常に周囲への気遣いを忘れない。私がスポルディング時代、そしてその後も、高い緊張感とモチベーションを保ち続けることができたのは、彼の存在があったからです。まさに、私の「ロールモデル」と言える人物です。もちろん、その足元にも及びませんが。
彼との出会いは、私が35歳でスポルディングに転職した時のことです。1987年の7月か8月に入社し、12月の初めに本社へ行くことになりました。その前にフロリダでの会議に出席し、そこからニューヨークの上、マサチューセッツ州にあるハートフォードという空港に向かいました。
当時、私は「次長」として入社したばかり。かたや彼は、私と5歳しか違わないにもかかわらず、すでに国際部門のトップでした。その彼が、私のところへわざわざやって来て、こう話しかけてくれたのです。私の英語名は「タツク」でしたが、「タツク、ニューヨークに来たことはあるか。あそこがマンハッタンだよ、わかるか」と。
世界で一番偉いような人が、なぜ入社して数ヶ月しか経たない私に、こんなにも優しく話しかけてくれるのだろうか。私は深く感激しました。人は「俺は社長だから偉いんだ」という態度ではなく、こういう優しさ、懐の深さに心を動かされるのではないでしょうか。私はその時、「彼のようなリーダーになろう」と強く思いました。
彼との付き合いは、私がスポルディングを辞めてレブロン(Revlon)に移った後も続いていました。ある時、トロントで会議があり、そこから彼の家があるハートフォードに立ち寄ることにしました。「会いたい」と連絡すると、「ぜひ来てくれ」と、ご自宅に泊めてくれたのです。
その時、彼はすでに皮膚がんのステージ5で、余命いくばくもないと人づてに聞いていました。それなのに、そんな素振りは一切見せません。私が帰る日、「スコット、空港まで行くのでタクシーを呼んでくれる?」と頼むと、「私が空港まで送っていくので、気にするな」と言って、コーヒーを飲みながら、車で空港まで送ってくれたのです。
もう命がないという時に、なぜ自分のことを一つも言わずに、これほどまでに他人に優しくできるのか。ハートフォードの空港で重い荷物を持ってくれた彼と別れた後、私は15分くらい涙が止まりませんでした。死ぬ直前であっても、これだけ人に優しくできるものだろうか、と。
彼は亡くなる直前に、私へ素晴らしいメッセージをメールで送ってくれました。私はそのメールをパワーポイントで印刷し、今でもオフィスの壁に貼っています。それを毎日見ながら、自らのモチベーションを上げて仕事に取り組んできました。
今、唯一心残りなのは、スコットのお墓参りに行けていないことです。ニューヨークからさらにハートフォードまで行かねばならず、そこからまた不便な場所にあるため、なかなか実現できていません。奥様もだいぶお年を召されているでしょう。一度でいいから、本当に、彼のお墓に手を合わせたいと思っています。
アメリカの企業、あるいはアメリカ人に対して、ドライで冷たいというイメージを持っている人がいるかもしれません。しかし、それはそういう企業で働いたことがないから分からないだけで、同じ人間です。温かい人も冷たい人もいます。私は、スコット・クリールマンという素晴らしいリーダーに出会い、多少なりとも気に入ってもらえたという「運」と「縁」に恵まれました。
運はなかなか変えられませんが、良い縁をつなげていくことは非常に重要です。彼の話をしていると、今でも涙が出てきてしまいます。それほど強烈に、私は彼からグローバル企業のビジネスマンとして、そして一人の人間としてのあり方を学びました。
現在は私自身が組織のトップというわけではありませんが、彼から学んだリーダーの姿を、また違った形で表現していきたいと思っています。


