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2026

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    ハウスボートで始まった盟友関係――「テレビは趣味、本業は」

    #16ハウスボートで始まった盟友関係――「テレビは趣味、本業は」

    原石からダイヤへ

    ヴァージン・グループの創業者、リチャード・ブランソンとは、彼のグループがまだ注目され始めた初期の頃に出会いました。私は彼にインタビューをしたいと連絡を取り、彼はすぐに「いいよ」と快諾してくれました。どんな立派な社屋かと想像して行ってみると、彼の事務所はボート、それもハウスボートだったのです。その小さなボートの中に事務所やキッチン、トイレがコンパクトに収まっており、そこでヴァージン・グループの仕事が始まっていた。その場所でインタビューをしました。

    当時のリチャードは、まだしゃべるのがあまり得意ではありませんでした。彼はディスレクシア(学習障害の一つ。難読症とも言われる)だったこともあり、口ごもることも多かったのですが、私は約1時間のインタビューを終えました。

    インタビュー後、彼は言いました。「楽しかった。ところで日本市場に進出したいんだけど、誰かいいコンサルタントがいたら紹介してくれ」と。私は満面の笑みを浮かべて、すぐに答えました。

    「あんたの目の前に座ってるよ」と。

    リチャードは「えっ? あんたテレビ局の人間じゃないか」と驚きましたが、私は「いや、テレビは趣味だ。本業はコンサルタントだ」と切り返しました。こういうセリフは、大事な場面で勝負を決めるのです。

    その後、話を進めるうちに偶然が重なりました。私が英国ソニーで販売部長をしていた時の元部下、イアン・ダッフェルという非常に優秀な男が、ソニーを辞めてヴァージン・グループに入り、オーストラリア市場の開拓で成功を収めていたのです。リチャードが「イアン・ダッフェルという男がシドニーにいてね」と言うので、「もしかして前、英国ソニーにいたイアンか?」と聞くと、「そうだ」と。「彼は俺の部下だった。今はあんたの部下か」となり、すぐにリチャードが私の目の前でイアンに電話をかけ、「日本市場の進出を、シュウとイアンの二人でやってくれ」ということになりました。

    結局、私の妻の弟の学友だった、現在の丸井の社長である青井浩さんと話がトントン拍子で進み、5,000万円ずつ出し合ってジョイントベンチャーを設立し、株式会社ヴァージン・メガストアーズ・ジャパンが誕生しました。こうしてヴァージンは日本で全国展開を果たし、一時は年商400億円ほどを誇りました。その後、市場の変化で撤退を決め、TSUTAYAに売却しましたが、リチャードとはそれ以来、公私にわたって深い付き合いが続いています。

    リチャードが日本に来るたびに、私たちは東京に住む外国人の友人を集めて「リチャードを囲む会」を開き、六本木で飲みに行ったりしました。その頃から付き合っている友人とは、未だに交流が続いているのです。

    リチャードとの付き合いの中で、私は翻訳の奥深さを知りました。彼が独身時代、ガールフレンドだったジョーン(後に奥様になった)をヴァージン諸島に連れて行き、いい格好をしようと「君にこの島を買ってあげる」と言ったものの、お金がなくて地元の不動産屋に追い返されてしまったというエピソードがあります。その帰り道、ジョーンがリチャードに言った言葉が「Nice thought」でした。

    これを直訳で「それはいいアイデアだったわ」と訳しても、面白くもなんともない。私はこれを「いい夢を見せてもらったわ」と意訳しました。この日本語訳をジョーンに伝えたところ、「Shu, Thank you!」と言って、私にキスをしてくれました。まさにそういう気持ちだったと。翻訳というのは直訳ではダメで、相手の気持ちが分かるからこそ生まれる、本当の意訳が必要なのです。

    私はリチャード・ブランソンの著書の翻訳も担当しましたが、厚さ350ページもある本にも間違いは一つもありません。なぜなら、意味が分からなかった箇所は、すべてリチャード本人に直接電話かメールで「君はここでこう書いているけどどういう意味?」と聞いたからです。誠実に、そして相手の感情を深く理解しようとする姿勢こそが、彼との信頼関係を築き、良い仕事に繋がったのだと思っています。

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