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2026

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    独立初日に襲った後悔

    #12独立初日に襲った後悔

    原石からダイヤへ

    ソニーを辞めて独立した翌朝、私はまず後悔しました。三鷹の牟礼(むれ)にある借家で朝起きても、電車に乗って五反田のソニーまで行く必要がない。行く場所がないというのは、本当に大変なことです。お金はBBDOから毎月100万円入ってくるし、経費も何に使ってもいい。しかし、人間は金だけではありません。やるべきことが具体的にないという状態が、これほどつらいとは思いませんでした。

    「ああ、俺はソニーを辞めてバカだった」と、独立初日から後悔しました。その後悔は、ソニーを辞めてから10回か20回くらいは感じたでしょうか。しょっちゅう「もしソニーにいたらどうなってたかな」と考えたものです。

    それでも、私はBBDOのコンサルタントとして、日本での提携交渉というミッションに取り組みました。交渉相手は、現在のADKグループの前身である旭通信社の稲垣正夫社長です。彼は戦争を経験し、その後自分でゼロから会社を築き上げてきた方。まさに一本筋の通った日本人。だからこそ、彼との交渉は非常に難航しました。

    はじめは「BBDOが御社の株を買いたいと言っています」とストレートに頼みましたが、稲垣社長は「私はそんな黒船に乗ったペリー提督みたいな外国人に、うちの会社の株を売るつもりはありません」と、はっきりと言い放ちました。

    それでも私は一生懸命説得を重ねました。「5%でも10%でもいいです。買えば御社にお金が入る上に、経営方針に干渉するパーセンテージではない。それに、お互いにクライアントを紹介し合える業務提携もできる」と。毎週のようにオフィスに通い続けました。

    説得には、おそらく1年くらいかかったでしょうか。最終的に稲垣社長は「植山さんがそれだけ熱心に言うのなら、植山さんを信頼しましょう」と、10%の株売却に同意してくれました。

    しかし、BBDOは国際会計ルールで利益を計上できる「持分法」を適用したかった。この持分法を適用するには、本来20%以上の株保有が必要です。10%では足りません。そこで私は、BBDOの経理担当者と一緒に知恵を絞りました。

    そこでひねり出した案が、役員を交換するというものです。稲垣社長をBBDOの役員に、BBDOの社長を旭通信社の役員にする。さらに、中立の立場の私がBBDOの代表として毎日旭通信社のオフィスに出向き、実際のビジネスを創出する。これだけ深く関与(インボルブ)しているのだから、その分を考慮して、10%でも持分法を適用させてくれ、と米大手会計事務所のアーサー・アンダーセンを説得したところ、それが認められたのです。

    提携契約の調印のために稲垣社長をニューヨークにお連れし、同じホテルに泊まって、毎朝セントラルパークを一緒にジョギングするなど、大変な付き添いをしました。通訳も食事の際の細かな配慮も、すべて私が親身になって行ったのです。私は普通のコンサルタントではなく、どっぷり浸かって仕事をしていました。

    この提携が成立した際、BBDOへの10億円の投資に対する成功報酬が、私に支払われました。私は契約書をろくに読んでいなかったのですが、投資金額の7.5%が成功報酬として規定されていたのです。つまり、10億円の7.5%、7,500万円が契約の翌月、私の口座にボンと入ってきました。

    そのとき初めて、「ああ、俺はソニーを辞めたけども、もしかして正解だったかもしれないな」と心から思いました。それまではずっと後悔していたのですが、この瞬間、私の人生が大きく動き始めたのです。この報酬のおかげで、私は今も住む久我山の土地を買って家を建てることができました。

    #植山周一郎#ソニー#経営コンサルタント#コンサル#交渉人#代理人#ブランディング#マーケティング
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