国際舞台で通用する話術とは――発声と会話のきっか...
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#13知的危機感から飛び込んだスタンフォード――寡黙な日本人が世界で通用しない理由
植山 周一郎 2025/12/13
BBDOと旭通信社の提携という一大プロジェクトが終わり、私は講演や執筆活動で忙しくなりました。年に4冊ほど本を出し、その度に知名度が上がって講演依頼も増えていき、講演エージェントのおかげもあり、忙しい日々を送っていました。
講演のテーマは「真のグローバルビジネスマンになる方法」、「ブランディング戦略」、「ソニーのウォークマンのケーススタディ」などです。国内だけでなく、アメリカやシンガポールからも英語での講演依頼が来るようになりました。日本の講演でも、ソニーや富士通、トヨタなど大企業を回り、全国各地で話しました。特に熱心に聞いてくれたのは、福岡と仙台、そして東京、横浜です。特に福岡は歴史的に外からの知識を取り入れることに積極的な土地柄だと感じました。
そうして講演を続けるうちに、ある日、私は知的危機感に襲われました。「ちょっと待てよ」と。「俺はウォークマンの話や国際人になる方法を語っているけれど、だんだんインプットが少なくなって、アウトプットが増えているのではないか。頭の中に蓄積していく知識が、だんだん少なくなっているのではないか」と気がついたのです。
これはまずい、勉強しなくてはいけない。どうせなら世界的なビジネススクールに行こうと決め、BBDO社長の推薦でスタンフォードへ行くことにしました。ハーバードかスタンフォードかという話になったのですが、BBDOが繋がりを持つスタンフォード・ビジネススクールのSEP(スタンフォード・エグゼクティブ・プログラム)に、特別ルートで入れてもらえることになったのです。現役のビジネスマンのみを対象とし、世界中から殺到する人気のコースで、私は自費で3カ月分の費用を払い、その間は会社を閉鎖して参加しました。
行ってみたら、予想通り大変でした。毎日3科目、1時間半のレクチャーがあり、「経済原論」や「企業倫理」「マーケティングのケーススタディ」など、ビジネスマンにとって非常に重要な科目ばかりです。さらに、毎日宿題として各科目30ページほどのテキストを読み、自分の考えをまとめ、翌日の授業でディスカッションに参加しなくてはいけない。
そこで私は、生き残るために分業法を提案しました。10人ほどのスタディグループで、夕食後に集まるのですが、私が議長になったときに言いました。「俺は毎日宿題を読むのはしんどい。特に外国人だから英語で読むのはハンディがある。だから、フリッツ、君は経理のエキスパートだからこの科目を担当して報告してくれ。メアリー、あなたはマーケティングの専門家だからこのケーススタディを勉強して報告してくれ」と。
すると、みんな大喜びで「シュウ、ザッツ・ア・ベリー・グッド・システム!」と言ってくれました。おかげで、毎日3時間ほどかかっていたスタディグループの議論が、1時間くらいで終わるようになりました。残りの時間で皆で飲みに行ったり、交流を深めたりすることができるようになりました。このときのクラスメートとはいまだに交流があり、この人脈は非常に大事な財産となりました。
また、スタンフォードでは毎朝テニスをし、週末はタイガー・ウッズやトム・ワトソンもアマチュア時代に使っていた有名なゴルフコースでプレーしました。
あるとき、ソニーと松下電器のベータマックス対VHSのフォーマット戦争のケーススタディを教材として読みました。翌日のクラスディスカッションで、先生は冒頭に私に言いました。「シュウ、君がソニー出身なのは知っている。ここに書いてあることは君が一番よく知っているだろうし、書いてない真相も知っているだろう。だからまず、我われアマチュアがディスカッションするのを聞いていてくれ。最後に『実はこうだった』という真相をみんなに発表してくれ」と。
これは実に面白かったです。皆がディスカッションした後、私が「実はこうだったんだ」と真実を話すと、一躍クラスのヒーローになりました。
この経験を通じて、私は「発言の重要性」を痛感しました。クラスには日本人が4人ほどいましたが、他の3人は会社が派遣した部長クラスで、ほとんど発言しませんでした。会社が費用を出してくれて半ばホリデー感覚で来ているため、真剣に勉強しないのです。言語の問題もあるでしょうが、発言しないということは、海外では「考えがない」と解釈されます。日本人は寡黙だと「頭がいい」と思われることがありますが、海外へ行くと、黙っていたら「自分の意見を持たないつまらない人間」だと思われてしまうのです。
フランスやアメリカ、イギリスなどでは、自己主張をする練習を子供の頃からやっています。だから、国際的な場では得てして日本人は彼らには敵わないことが多い。しかし、そこで黙っていてはダメです。私は変な使命感を感じて、「日本人としてここで絶対にしゃべらなければいけない」と思って発言をしていました。これは国威発揚ではありませんが、日本人としての自尊心や名誉を示す上で、とても大事なことだと今も思っています。
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