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2026

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    サッチャー元首相との気のおけない交友――人間関係を築く重要性

    #20サッチャー元首相との気のおけない交友――人間関係を築く重要性

    原石からダイヤへ

    1991年9月にマーガレット・サッチャーさんを私が初めて日本にご招待する前に、私は秘書に「ウイスキーが好きだと聞いている。どの銘柄が好きか教えてほしい」と尋ねました。返ってきた答えは「フェイマス・グラウス(The Famous Grouse)」でした。

    私は酒屋で当然、高い方のボトル(3,500円~4,000円程度)を買い、彼女のロイヤルスイートに置いておきました。ところが、1日目の歓迎の乾杯の際、ボトルを見たサッチャーさんは「Oh, No」と一言。「これは高すぎる。酒屋へ行って返して、安い方を買ってきてらっしゃい」と言うのです。そして、「炭酸水を必ず買ってきなさい。安いウイスキーでも炭酸水で割ってハイボールにすれば、高いウイスキーか安いウイスキーか分からない」と笑いました。

    私は実際に安いウイスキーに取り替えてきました。彼女は八百屋の娘という庶民の出身ですが、オックスフォード大学を卒業し、首相になった人物です。その庶民的な感覚は食事にも表れていました。彼女が好むのは、塩胡椒で焼いただけのシンプルなウェルダンのステーキ(私に言わせれば一番まずい食べ方ですが)に、フレンチフライ(フライドポテトのこと)とグラスの白ワイン(シャルドネ)。非常に質素で、豪華な食事を楽しむという趣味はあまりなかったようです。唯一の楽しみは、食後のウイスキーでした。

    お酒が入ると、彼女はまたよくしゃべるのです。私はその機会に、様々な質問をしました。例えば、「在任中9年間で日本の首相が何人も変わったが、一番印象に残っているのは誰ですか?」と尋ねたのです。私は内心、中曽根さんと言うのではないかと思っていましたが、彼女の答えは意外にも「竹下登さんだ」でした。

    理由を聞くと、「竹下さんは消費税の法案を通した。これは非常に難しい法案だけれども、いったん通してしまうとそれが税制の制度の一部になってしまい、あとはパーセンテージを上げるか下げるかだけの話になる。それを制度にしたという点が、偉い」と。非常にプロフェッショナルな目線で、政治家としての本質を見抜いた評価でした。

    また、竹下さんがサッチャーさんを表敬訪問した際、彼は「企業に呼びかけて100億円の資金を集めて財団を作り、世界平和のためにやりたい。ぜひサッチャーさんに名誉会長になってほしい」と提案しました。サッチャーさんは「喜んで協力させていただきます」と握手してくれました。

    そのとき、私は竹下さんの目を見て、非常に印象的なことに気がつきました。彼の目の色は、普通の茶色ではなく、灰色がかった、少し青みがかったようなグレーだったのです。この目はどこかで見たことがあると思ったら、盛田昭夫さんの目の色でした。これを知っている人は日本で私だけだと思います。残念ながらその後竹下さんが逝去され、この企画は実現しませんでしたが、良い出会いとなりました。

    私はサッチャーさんをお連れして、福岡、仙台、金沢、大阪など日本全国を回りました。福岡ドームの隣にあるホテルに泊まっていた際には、たまたま巨人軍の長嶋茂雄監督が同じホテルに滞在しており、長嶋さんから表敬訪問の申し込みがあり、面会が実現しました。サッチャーさんはサインボールを「これが野球のボールですか」と言いながら受け取り、自分のサイン入りポートレート写真と交換するという、非常に良い交流がありました。今はお二人とも故人になられましたが、天国で再会を喜ばれていることでしょう。

    また、社会民主党の党首だった土井たか子さんとサッチャーさんのパネルディスカッションの司会を私がさせていただいたこともあります。「女性で政治家をやっていて困ったことは?」という共通の質問に対し、土井さんは「国会議事堂に女子用のトイレがなく困った」と答えましたが、サッチャーさんは「私は女性であることを意識したことは一回もありません。女性だから首相になったわけではなく、まず首相になり、たまたま女性だったという話です。政治活動には全く影響ありませんでした」ときっぱりと答えました。二人の考え方の違いが明確に表れた瞬間でした。

    特に、仙台へ行った時は、宮城県知事主催の昼食会と講演会があり、帰りの新幹線は 1両まるごと借り切って、笹かまぼこや牛タンを食べながら、サッチャーさんもお酒を楽しみ、どんちゃん騒ぎで東京まで戻ったことは今ではいい思い出です。

    サッチャーさんとの事業は、ギャラも相当な額が動きましたが、契約書なしの口約束で10年間続きました。

    途中、電通が商売を横取りしようと、イギリスのサッチャーさんの事務所にアプローチしたことがありましたが、サッチャー事務所はすぐに私に報告してきてくれました。私は電通に怒鳴り込みに行きましたが、成田豊社長とは私がソニーで宣伝制作部次長だった頃から親しく、すぐにアプローチを止めてくれました。10年間で横やりが入ったのは、その一度だけでした。付き合いの深さと、信頼と実績の積み重ねが肝要である、と考えています。

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