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2026

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    真似ではなく根本を変える——次世代へつなぐ持続可能な事業の神髄

    #17真似ではなく根本を変える——次世代へつなぐ持続可能な事業の神髄

    原石からダイヤへ

     「自社の目先の利益だけでなく、なぜ国の水産業の発展や雇用の創出、自然資源の保護にまで情熱を注げるのか」と尋ねられることがあります。しかし、私にとってそれは何か特別な高尚な思想などではなく、商売や事業を営む者として、ごく自然で当たり前の姿勢に過ぎません。

     「自分さえ良ければいい」「今だけ得をすればいい」という損得勘定や目先の欲にとらわれていては、本当の意味で持続する事業など絶対に成り立たないからです。自らの商売と真摯に向き合うと同時に、取引先、地域社会、そして次の世代に何を残せるかという「持続可能性」を深く追求すること。これこそが、事業の本質だからです。

     たとえば「すしざんまい」を展開する際も、単に店舗数を増やすことから始めたわけではありません。当時、過酷な修業環境によって若手のすし職人が激減し、日本の伝統的なすし文化そのものが衰退の危機にありました。そこで私は、まず職人を育成するための教育機関(喜代村塾)を立ち上げ、修行中から正社員として働けるようにし、手厚い待遇を保証し、人材を育てる土台を固めてから、店舗の全国展開へと踏み出しました。

     このような、表面的な流行を追うのではなく、根本から仕組みを変えていく発想は、私が20代の頃に独立してビジネスを始めた時から変わらない原点でもあります。

     今から約50年前、日本で米の消費量が落ち込み、農家が深刻な経営難に苦しんでいた時代がありました。当時のお弁当といえば「冷たいまま食べる」のが当たり前であり、時間が経つとご飯が固くなって美味しくないというのが常識でした。

     そこで私は、「温かいできたてのお弁当を提供できれば、もっと多くの人が喜び、お米の消費も飛躍的に伸びるのではないか」と考えました。

     しかし、いざ事業化しようとすると、保健所から「温かいまま保管・移動させると菌が繁殖して食中毒の危険がある」と強い指導を受け、販売許可が下りませんでした。そこで私は諦めるのではなく、弁当に発生する食中毒や各種の菌のメカニズムについて、徹底的に独学で研究を重ねました。その結果、「調理から2時間以内に配達し、食べていただく」という厳格なタイムスケジュールと品質管理の手順を構築しました。そして保健所への粘り強い交渉の末、「2時間以内に食べることを徹底すること」を条件として、許可を勝ち取ったのです。

     「愛妻弁当のような温かいお弁当」というコンセプトと、「2時間以内にお召し上がりください」という画期的な宣伝は爆発的な人気を呼び、街中で飛ぶように売れました。この成功が、後に登場するほか弁(持ち帰り弁当専門店)やコンビニエンスストアのお弁当文化の先駆けとなり、日本におけるお米や食材の消費拡大に貢献していきました。

     本マグロの供給体制においても、全く同じでした。かつて「一年中、質の高い極上の本マグロを安定して仕入れ、明朗会計で提供するなど絶対に不可能だ」と世界の水産関係者から嘲笑されました。築地の伝統的なマグロ業者からも一切取り合ってもらえないほどの常識破りな挑戦でしたが、私は自ら巨額の私財とリスクを引き受けて「備蓄マグロ」の大型生簀(いけす)を整備し、1年を通して極上の本マグロを手ごろな価格で提供できる、世界初の流通イノベーションを確立しました。

     他人の真似をして目先の儲けを追いかけるのではなく、業界や社会が抱える構造的な課題を見極め、根本から仕組みそのものを変革していく。

     その挑戦の結果として、25年前には世界でわずか2,000店舗ほどしか存在しなかった日本の寿司店・和食店はいまや20万店舗を超え、日本の農水産物の輸出額も200億円規模から2兆円規模へと100倍もの飛躍を遂げました。

     他人の成功を羨んだり真似をしたりするのではなく、自らリスクを引き受けて真摯に社会の課題に挑み続けていれば、最初は「そんなバカなことは無理だ」と否定していた人々の中からも、「木村の言っていることは本物だ。一緒にやろう」と賛同し、力を貸してくれる本当の仲間が集まってきます。

     「自分さえ良ければ」という小さな欲を捨て、次の世代や社会全体に貢献できる持続可能な仕組みを創り出していくこと。この「事業の神髄」を胸に、これからも時代の一歩先を照らす挑戦を続けてまいります。

    #木村清#すしざんまい#喜代村#創業者#マグロ大王#フロンティアスピリッツ
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